EU、ウクライナ危機で対露経済制裁強化

 ウクライナへの主権侵害を続けるロシアに対して、欧州連合(EU)は経済制裁を一層強化している。また、今月初めに英ウェールズで開かれた北大西洋条約機構(NATO)首脳会議はロシアの軍事的脅威に備えた集団防衛の重要性を確認した。(ロンドン・行天慎二)

欧州での「新冷戦」が現実化

NATO、露を脅威視

800

5日、英南西部ニューポートで開かれた北大西洋条約機構(NATO)首脳会議に出席した各国首脳(AFP=時事)

 EUは8日にロシアに対する新たな経済制裁措置を採択し、ファンロンパイ大統領が11日に声明を出して、12日から実施すると発表した。これは7月31日に採択され実施されている制裁措置を強化するもので、①ロシアの五大国営銀行への融資禁止、償還期間が30日を超える金融取引禁止②ロシアの三大防衛企業と三大エネルギー会社に対しても同様に禁止③深海油田掘削、北極海探査、シェールオイル採掘に必要な先端技術と補修サービスの提供禁止④軍事転用可能な物資と技術の輸出禁止を新たに9社に適用⑤新たに24人のロシア当局者とウクライナ反政府指導者に対してビザ発給停止と資産凍結――などが追加された。これに呼応して、米政府も今月12日に同様な制裁措置を実施すると発表した。

 経済制裁強化は、ロシアがウクライナ東部での停戦を順守するように圧力をかける意味合いがある。EU加盟28カ国の中にはハンガリー、スロバキア、スペイン、イタリアなど、ロシアとの経済関係悪化を恐れて制裁措置強化に消極的な国もあるが、EUの中心国家ドイツのメルケル首相は経済制裁強化を強く推した。同首相は、ウクライナ危機で狡猾(こうかつ)な手法を繰り返すロシアのプーチン大統領への信頼を見限り、外交的・平和的解決には欧州の一体化が必要と考えている。

 しかしロシアはEUの今回の措置に対抗して、既に実施している米・EUからの農畜産物輸入禁止措置に加えて、自動車や軽工業品の輸入禁止、EU各国の旅客機のロシア上空飛行禁止などの報復措置を実施することを示唆している。経済制裁の応酬は双方にとって痛手だが、長期的にはロシア経済への打撃の方が大きいとみられている。ただ、経済制裁によってロシアの政治的野心を変えることはできず、むしろロシアのナショナリズムを高揚させるだけだとの悲観的見方もある。

 4、5日に英ウェールズのニューポートで開催されたNATO首脳会議は、サミット宣言文の中で「(NATO)同盟はロシアとの対決を求めないし、ロシアへの脅威ともならない。しかし、わが同盟ならびに欧州と北米の安全保障が依拠している諸原則に関して妥協できないし、妥協しない」と言及した。NATO条約5条でうたわれている集団防衛責任に基づいて同盟国がロシアの軍事的脅威にさらされた場合には、軍事行動に出ることを確認し、バルト3国や東欧諸国を防衛するため、2日以内で展開可能な「緊急展開部隊」の創設を盛り込んだ。

 NATOは1997年5月にロシアとの間で常設合同協議会を設置して以降、協力関係を構築してきた。NATOは東欧加盟国内で常設軍事基地を設置しないことを約束するなど、双方は兵力削減や軍備管理に努力することで合意していたが、2008年にロシアがグルジアに軍事介入し、協力関係は事実上ほごにされた。今回のウクライナ介入によってロシアの領土拡大の意図が鮮明となった。ラスムセンNATO事務総長がウェールズ・サミットで「冷戦に続く25年間の良い天気の後、深刻な気候変動を経験している」と語ったように、NATOは今、ロシアとの「新冷戦」状況に直面している。英王立国際問題研究所が今年8月上旬に実施した世論調査結果では、英国民の67%が「ロシアはEUにとって脅威」と感じている。

 ロシアの軍事的脅威を直接感じ取っているバルト3国は今月4日に「緊急展開部隊」に参加する覚書を英国、デンマーク、オランダ、ノルウェーとの間で署名したが、今後バルト海や黒海でロシアの艦船や航空機からの挑発・威嚇行為が繰り返される恐れがある。ただ、「新冷戦」に直面しているNATOは冷戦時代の軍事的対決に逆戻りするだけでなく新たな戦略的挑戦に対処しなければならないと指摘されている。

 英王立防衛安全保障研究所のマイケル・クラーク所長は「今日の脅威は一般的な領土侵略の予想、伝統的な国家間戦争の抑止の必要性からでなく、軍事的転覆行為、政治的不安定化、エネルギー脅迫など不鮮明な脅威からきている」と語り、ロシアは欧米との戦略的なゼロサム・ゲームをしており、欧米の指導者の指導力が挑戦されているとみている。

 NATOはウクライナ紛争への軍事介入は行わないだけでなく、将来的にもロシアとの軍事的衝突は避けたいと考えている。しかし、NATOがロシアに対する抑止力を発揮するためにはNATO加盟国が結束して毅然(きぜん)としてロシアに対処することができるかどうかが重要だ。特にNATOの中心国家である米国、英国、ドイツの指導力がカギを握っている。