健康パスに懸けるフランス
フランスは、新型コロナウイルスのワクチン接種促進策としてワクチン接種完了を証明する「健康パス」の適用範囲を本格拡大した。1年8カ月の感染拡大の経験から、人の行動規制や経済活動の抑制を最低限に抑える一方、ワクチン接種促進にかじを切った形だ。一方、ノーベル賞学者のワクチン接種への否定的指摘がSNS上で拡散し、政府は火消しに躍起だ。
(パリ・安倍雅信)
ワクチン接種促進に舵
ノーベル賞学者の警鐘が影
フランス政府は9日から、ワクチン接種完了や抗体検査の陰性証明書の「健康パス」の運用範囲を広げることで、インド由来のデルタ株感染拡大にも対処しようとしている。導入に反対する抗議デモは、4週連続で仏全土で起きているが、すでに憲法評議会が認めたことで政府は実施に踏み切った形だ。
フランスでは7月21日から1000人以上の規模の文化、スポーツ、レジャーイベント会場への入場に健康パス提示を義務付けていた。8月9日からは、テラス席を含むカフェやレストラン、バー、さらに遠距離移動の際の航空機、電車、長距離バスに乗る場合、そして緊急時を除く医療施設利用にも拡大された。
さらにホテル、休暇村、キャンプ場、高齢者介護施設、見本市、大型ショッピングセンターについては、地域の流行状況に応じて県の首長が健康パスの有用性を判断し提示を義務付けるかどうか決定するとしている。9日以降、政府は1週間程度をテスト期間とし、その後、義務化する。
12歳から17歳までは、9月30日からの適用となる。新学年開始の混乱を避けるためでもある。少なくとも11月15日までは続けられる見込みだ。
健康パスは、ワクチン2回接種を受けてから1週間経過していることや、48時間未満のPCR検査または抗原検査の陰性、さらに感染からの回復を証明できる場合に取得できる。ただ、そのいずれにも当てはまらない場合は取得できないため、「差別」や「不平等」との批判の声が上がっている。
フランスでは先週、1日当たりの平均新規感染者数が2万人を大きく超えた。感染力の強いデルタ株の感染が急速に広がり、第4波に見舞われている。先週、仏国内の病院は、直近1週間の入院患者数が約2倍に増加した。さらにコロナ感染関連の救命救急サービスも先週は前週の81%増となった。
1回のワクチン接種を終えた人の数は4400万人を超え、国民の約67%、2回接種完了者は3300万人で国民の49%に達するが、若者の接種が進んでいない。マクロン大統領は先週、バカンス先の大統領専用別荘内からTシャツ姿でSNSに登場し、若者に向けて接種を呼び掛けた。
フランスではSNS上で、ワクチンに対するネガティブ情報が拡散しているが、中でも影響を与えているのは、エイズウイルスの発見でノーベル生理学・医学賞を2008年に受賞したフランス人のリュック・モンタニエ博士がワクチン有害説を唱えていることだ。
モンタニエ氏は昨年4月、仏国内で感染第1波のロックダウン(都市封鎖)中に、新型コロナは、同博士も滞在歴がある中国・武漢の感染症研究所で「エイズの原因となるHIV(ヒト免疫不全ウイルス)のワクチンを開発中に、なんらかの偶然で生成されたものだ」と主張、波紋を呼んだ。
ノーベル賞学者の前代未聞の指摘は、正体不明の新型コロナの解明が急がれる中、あまりにもセンセーショナルな指摘だったこともあり、当時、他の感染症の仏専門家らが反論し、メディアも完全に封じられた。しかし、現在は、コウモリなどの自然由来でなく、同博士の主張する人工生成が有力視されている。
ただ、今回のワクチン接種は逆に変異株を増やすというモンタニエ氏の指摘には専門家の間で批判の声も多く、6月末には、仏全国医師評議会がモンタニエ氏を含む10人のワクチン懐疑論者の医師らに苦情を申し立てた。医師にも表現の自由はある一方、医師の言葉には倫理規定があり、明確で公正かつ適切な情報提供の義務があると医師評議会は主張している。
マクロン政権は、他の多くの世界の指導者同様、ワクチンこそ、感染抑制に対して最大の効果があるとの認識を明確にしており、引き続き若者への接種推進を進める構えだ。