アジア諸国で軍拡進む 14年版「ミリタリー・バランス」

英国際戦略研究所が発表

 英国際戦略研究所(IISS)は5日、世界の軍事情勢をまとめた年鑑「ミリタリー・バランス」(2014年版)を発表した。IISSのジョン・チップマン所長の概観説明によれば、アジア諸国で軍備増強が進んでいるのに対し、欧米諸国は防衛支出が停滞ないしは減少。拡張主義を図る中国を中心に東アジアでの緊張が世界の紛争発火点になっている。同所長の説明内容の一部(抄訳)を紹介する。
(ロンドン・行天慎二)

◇全体的展望

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2012年9月24日、大連港に停泊する中国初の空母「遼寧」(AFP=時事)

 アジアでは防衛予算が加速化しており、軍備が増強されている。アジアに向かった軍事力の世界的な配分のシフトが続いている。これに対して、西欧ではほとんどの国の防衛予算が縮小し、各国政府は不確実な戦力的環境の現実に対して財政的義務を釣り合わせる必要性に取り組んでいる。

 北米と欧州の防衛支出が08年の金融危機以降停滞ないし減少しているのに対して、同時期に中国とロシアの実質的な防衛支出はそれぞれ40%以上、30%以上増加した。

400 アジア全体の13年の防衛支出は10年よりも実質で11・6%増であった。この時期の最大の支出増加は東アジアで生じ、中国、日本、韓国がその半分以上を占めている。

 中国はインドの約3倍を支出し、日本と韓国、台湾、ベトナムの合計以上を支出している。

 こうした支出は、領土争いと長年にわたる潜在的発火点にあふれた地域での軍備増強に油を注いでいる。特にアジア・太平洋がグローバル経済の中心的場所であるが故に、急速な軍事能力の向上、偶発的紛争とその拡大の潜在性は懸念すべきことであり続ける。

 全般的に、競争と潜在的な対立の範囲は広い。異なった領域、例えば宇宙やサイバー(空間)では指向性エネルギー兵器のような新軍事テクノロジーの開発によって展開するかもしれず、あるいは北極のような新たにアクセス可能な地域でも展開するかもしれない。

◇アジア緊迫

 13年にアジアでの緊張が領土争いや海上事件で高まったが、これらの紛争は国家主義的感情が大きくなり、中国による東シナ海での防空識別圏の宣言が論争を発火させたために先鋭になった。日中間の緊張は実質的に高まっており、両国間での戦略的危機につながる海上や航空での戦術レベルの衝突の危険を少なくする軍事協議を営む何らかのメカニズムが必要であろう。

 中国の最新の防衛白書は広域(大洋)海軍力の必要性を強調しているが、これは中国が主要な海洋国家になる意欲を反映している。13年遅くまでに中国航空母艦「遼寧(りょうねい)」が3度目の試験航海に乗り出した。中国が完全に作戦可能な空母戦闘群を配備できるまでには何年かかかるだろうが、遼寧が配備され南シナ海へ護送されたことで米国の権益がかなり挑発された。昨年12月には中国海軍の艦船と米海軍の艦船(イージス巡洋艦カウペンス)が衝突寸前にまでなった。

 他方、他のアジア諸国による航空母艦や類似の艦船の建造が続いている。中国は2隻目の“空母”を建造する初期の段階にあるのに対し、インドは13年に国産初の空母の船体を進水させ、日本は新型の“ヘリコプター搭載護衛艦”「いずも」を進水させた。

 空軍プログラムも顕著である。日本はF35統合攻撃戦闘機を注文したが、シンガポールと恐らく韓国も同様であろうと思われる。インドはロシアとT50(第5世代ステルス)戦闘機プロジェクトの共同開発プログラムを行っているし、中国は空軍の再装備を継続してJ20とJ31のような新ステルス戦闘機、またY20のような戦略輸送機を開発している。

 アジア諸国は、以前は欧米とロシアが独占していたタイプの先端軍事品を開発調達している。中国は最近、極超音速飛行テスト機体(HTV)の存在を認めたが、そうした軍事技術を活発にテストしている国としてロシアと米国に並んだ。中国は、現存の西欧防衛テクノロジーに対抗する試験台を開発するという格好になっているようだ。中国が新しい革新的な防衛テクノロジーをいつか公開する可能性が大きくなっている。

 サイバー空間での安全保障と軍事に関係した競争の重要性が高まっており、この領域で中国人民解放軍の活動が報告されて注目された。アジアその他での他の国々も防衛と攻撃両面でのサイバー戦争能力への投資を増やしている。

◇西欧の課題

 今年は西欧の多くの軍隊がアフガニスタンから撤退し、12年間の戦争経験を熟慮することになるので重要である。ほとんどの欧州諸国では防衛支出が縮小しているが、この時期に米国は欧州諸国に対して欧州の南と東の脆弱(ぜいじゃく)な近隣諸国への安全保障に一層大きな負担を任せている。

 欧州の全体的な防衛支出は実質で10年以降年平均2・5%減り続けている。その結果、現在と将来の軍事能力を支える財源を見いだすのは一層困難になるだろう。例えば、欧州戦闘機部隊は過去30年間以上にわたって縮小している。欧州航空産業はタイフーン戦闘機(英独伊スペイン共同開発)と仏ラファール戦闘機のような現在のタイプが生産終了した後、有人戦闘機プログラムの展望は持っていない。

 欧州防衛産業の他の部門も国内注文の減少と外国企業からの競争の高まりによって圧力を受けている。欧州諸国は能力後退と恐らく影響力低下に直面しており、より緊密な協力を通じて防衛予算の価値を最大限にするために緊急イニシアチブ―例えば、北大西洋条約機構(NATO)と欧州連合(EU)からのイニシアチブ―を実行している。

 NATOにとって、アフガニスタンでの戦闘作戦の終了は作戦活動の厳しい期間の終わりを刻印することになる。英国で開催される今年のNATO首脳会議は一連の緊急問題、特に“作戦後の同盟”の形態という問題に直面するだろう。同盟国はアフガンでの作戦の結果、現在では一層効果的に共に配備し闘うことができるが、このレベルの共同作戦能力を維持することは、支出減少と国際治安支援部隊(ISAF)削減後に予想される作戦速度の低下に直面して困難になるだろう。