北の湖理事長が死去、伝統重視で協会を運営
人気回復にも手腕、「怪童」「輪湖時代」、62歳
「憎らしい」とまで評された強さを誇った現役時代。安定感抜群の横綱だった北の湖理事長は、日本相撲協会の運営でも堅実な手法を選んだ。
弟子の大麻問題で引責辞任した後、2012年初場所後に相撲協会トップとしては初めての復帰。折しも、相次いだ不祥事で揺れた相撲協会が公益財団法人への移行に苦慮していたころだった。
自身の苦い反省を生かし、相撲協会の危機管理を徹底。それまでにさまざまな改革案が推し進められてきたが、北の湖理事長は「伝統重視」にかじを切った。
相撲協会による一括管理に向け、特別功労金を支払って買い上げる方針だった年寄名跡は、従来の形態を温存する方向で親方衆をまとめ上げた。抜群の知名度も生かし、監督官庁などとの調整で手腕を発揮した。
「力士がいなければ、何も残らない。相撲を見てもらうのが一番」。口癖のように繰り返し、土俵の充実にも努めた。遠藤、逸ノ城ら新鋭の活躍もあって、相撲人気は一気に回復。今年は年6場所の90日のうち86日で大入りが出る見通しだ。
ぶっきらぼうだが、気配りの人。今場所は腰痛のため歩くのが難しくなっていた。それでもあいさつに訪れた関係者の名刺を椅子から立ち上がって受け取り、丁寧に頭を下げた。順調な集客を喜び、「来年もこの流れに引き続き乗っていきたい」と話したのはつい先日だった。