奈良市の元興寺で仏塔と埋骨の歴史展示


いわき市の金光寺の「宝篋印塔」など90点

奈良市の元興寺で仏塔と埋骨の歴史展示

福島県いわき市の金光寺の「宝篋印塔」(ほうきょういんとう)などが展示されている特別展=24日午後、奈良市

 大陸から伝来した仏塔が埋骨する墓としての機能を持つようになり、近世以降にその機能を失っていく過程を紹介した特別展「小仏塔の世界-舎利奉納と遺骨埋納-」が24日、奈良市の元興寺で始まった。福島県いわき市の金光寺で確認された「宝篋印塔」(ほうきょういんとう)など、約90点の史料が紹介されている。

 釈迦(しゃか)の墳墓が起源の仏塔は、日本伝来当初、地下部分に納めた舎利(釈迦の遺骨)を五重塔など楼閣風の建物で覆った物だったが、次第に舎利に見立てた教典が納められるようになった。さらに平安後期には、塔や堂の中に天皇が埋葬されるようになったのを契機に、墓そのものとしての機能を持つようになった。

 その後、仏塔は墓の上に安置されるようになり、墓そのものとしての機能を失っていく。13世紀後期~14世紀前期ごろには、地方の領主層にもその傾向が定着していった。金光寺の塔は、この過渡期に当たる文保2(1318)年のものと確認されている。同種で同規模(高さ約90センチ)の木製の塔は他に例が無く、分析を行っている元興寺文化財研究所の狭川真一副所長は「史料として極めて珍しい物だ」と指摘する。

 特別展を訪れた奈良市の主婦松井巳知子さん(74)は「とても古い作品が、今もきれいに残っていることに驚いた」と話していた。