5ヵ月意識不明の女性、「今、生きている」
懸命にリハビリ、福知山線脱線事故からあすで10年
乗客106人が犠牲になったJR福知山線脱線事故から25日で10年。一時は心肺停止状態に陥り、5カ月間意識不明だった兵庫県西宮市の鈴木順子さん(40)は懸命なリハビリを続け、奇跡的な回復を遂げた。現在も後遺症に苦しむが、「今、生きています。幸せです」と明るい表情を見せる。
「何で私は車いすですか」。母のもも子さん(67)は「何度もそう聞かれることがつらかった」と振り返る。脳を強く打ち、高次脳機能障害と診断された順子さんは記憶をとどめておくことが難しく、事故の記憶もない。自宅の部屋には、「私は電車の事故にあって身体が不自由になりました」と順子さん自身が書いた紙が貼られている。
2005年4月25日。設計技術(CAD)の講座を受けに大阪へ向かう途中で事故に遭った。5時間後、最も犠牲者の多かった2両目から救出され、脳挫傷や脾臓(ひぞう)損傷、出血性ショックなどで、医師からは「3日間がヤマ」と宣告された。意識を取り戻したのは5カ月後。最初に呼んだのは「お母さん」だった。
10年間、必死にリハビリを重ねる。寝たきりから車いすで動けるようになり、水泳や料理、パソコンなどにも挑戦。昨年からはつえを使った歩行訓練も始めた。回復を間近で目にしてきたもも子さんは「生まれ変わったみたいなもん。できるようになることがすごい」と話し、「私自身もいろいろ学ばせてもらった。この子の運命、家族が引き受けていかなしゃあない」と見守る。
「事故前より前向きになった」と話す順子さんは、いつも笑顔を絶やさない。「もう開き直るしかありません。悪いことばかりではなく、いいことを考えて生きていこうと思います」。一言一言をかみしめるように、言葉を紡いだ。