遺族代表の銘田さん「母の分まで生きる」


阪神大震災から20年、被災各地で追悼式が開かれる

遺族代表の銘田さん「母の分まで生きる」

阪神大震災の追悼の集いで言葉を述べる遺族代表の銘田奈津紀さん(中央)=17日午前、神戸市中央区の東遊園地

 あの日を忘れない。6434人の命が奪われた阪神大震災から20年目の1月17日。被災各地で開かれた追悼式では、それぞれの思いを胸に鎮魂の祈りがささげられた。震災の年に生まれた世代が成人を迎え、震災を知らない住民が増え続ける被災地。「次の世代に伝えたい」。参加者は、思いを引き継ぐことを誓った。

 神戸市の東遊園地で行われた追悼の集いでは、母を亡くした銘田奈津紀さん(26)神戸市東灘区が、遺族代表として追悼の言葉を述べた。母との思い出を胸に、美容師という夢をかなえた銘田さんは、「母の分も強く生きる」と誓った。

 20年前のあの日、自宅が全壊し、母さつきさん当時(33)が死亡した。めったに怒らない優しい母との大切な思い出の一つは、互いの髪の毛を乾かし合ったこと。「髪を触ると人を笑顔にできる」。たくさんの人を笑顔にしたいと、美容師を志した。

 専門学校時代、「美容師になっても一番大事な母を笑顔にできない」とふさぎ込んだ時には、「ママが見てたら悲しむよ」と友人に励まされた。2010年に資格を取り、下積みを経て昨年8月に初めて客の髪を切った。

 悲しむ人がいるため震災の話題は避けてきたが、最近ようやく、家族と母の話をするようになった。「今こそ、母に生きていることを伝えたい」との思いが強まった。「夢と、見たい笑顔があったからここまで生きてこられた。どんなときも人は一人ではないことを教えてくれたのも、母」。銘田さんは涙を流しながら、追悼の言葉に感謝を込めた。

 集いでは、震災年度に生まれ、復興と共に成長してきた新成人、小川和昭さん(20)神戸市灘区が記憶の継承を誓った。「震災を体験した最後の世代」と言われて育った小川さんは、「人と人とのつながりや絆の大切さを次の世代に伝えていくことが使命。感謝の気持ちを忘れずに、新しい神戸を築いていく」と力を込めた。