源氏物語は後世への害物である
内村鑑三を読む、『後世への最大遺物』
箱根の芦ノ湖畔で開かれた夏季学校の二日目。内村鑑三は冒頭で、後世へ遺してゆくべきものとして思想を話題にする。思想こそ内村自身が遺そうとしているものだ。
「思想そのものだけを遺してゆくには文学によるほかない」と内村は言う。内村にとって、文学は「思想を後世に伝える道具」。その思想を実行に移したものが事業だった。ここに内村独自の文学観が表明されている。
そしていろいろな作品の例を挙げて論評する。『新約聖書』、頼山陽の『日本外史』、ジョン・ロックの『人間知性論』などだが、日本の古典文学である紫式部の『源氏物語』まで登場する。
内村はこの作品を徹底的にこき下ろすのだ。「しかし文学というものはコンナものであるならば、文学は後世への遺物でなくしてかえって後世への害物である」と。
美しい言葉を伝えた作品だということは認めるものの、描かれた不倫、背徳、姦淫は、内村が決して是認できるものではなかった。さらにこうも言う。
「『源氏物語』が日本の士気を鼓舞することのために何をしたのか。何もしないばかりでなくわれわれを女らしき意気地なしになした。あのような文学はわれわれのなかから根コソギに絶やしたい」
ここで青年たちから拍手が沸き起こる。共通の道徳観を持っていたからだ。