湯川秀樹博士の学位論文が大阪大学で発見
「中間子論」でノーベル物理学賞
日本人で初めてノーベル賞を受賞した湯川秀樹博士の学位論文が大阪大学豊中キャンパス(大阪府豊中市)で発見され、報道陣に13日公開された。うち1本は後にノーベル物理学賞の受賞につながった論文で、同大理学研究科の細谷裕教授は「歴史を大きく変えた論文。新しい概念がどう生まれたかを物語っている。何らかの形で学生が閲覧できるようにしたい」と話した。
見つかったのは、現在の素粒子物理学の基になった「中間子論」の主論文1本と参考論文9本で、湯川博士は大阪帝国大(現大阪大)に提出し学位を取得した。
湯川博士は1933年から39年まで、大阪帝大理学部で講師、助教授として物理学を研究し、中間子論を発表。米コロンビア大で客員教授をしていた49年、ノーベル物理学賞を受賞した。
湯川博士愛用の黒板がコロンビア大から寄贈されることになり、関連資料を探したところ、4月に豊中キャンパス付属図書館内で博士論文が見つかった。
大阪大で13日に行われた黒板披露式典には、湯川博士の長男春洋さん(81)や、2008年にノーベル物理学賞を受賞した南部陽一郎さん(93)が出席。南部さんは「専攻を物理にするか、数学か文学か迷ったが、湯川さんの名前に引かれ物理の道に進んだ」と打ち明け、偉業をたたえた。