南太平洋に牙むく中国 台湾総統選への影響力狙う
《 記 者 の 視 点 》
南太平洋の島嶼(とうしょ)国、ソロモン諸島とキリバスが今夏、相次いで台湾と断交した。中国が札束外交で南太平洋の国々を取り込んでいるためだ。この断交ドミノの次の焦点は、人口わずか1万人というミニ国家ツバルだ。
南太平洋はかつて、中国と台湾が熾烈(しれつ)な援助外交を展開してきた経緯があるものの、近年は世界第2位の経済力を身に着けた中国の札束パワーを背景に存在感を増している。オーストラリアの調査機関によると、中国は2006年からの10年間で、南太平洋の国々に17億8000万ドル(約1920億円)を援助したとされる。
中国が狙っている短期目標は、来年1月11日に行われる台湾総統選への影響力行使だ。今回の総統選は、民進党の蔡(さい)英文(えいぶん)総統と国民党の韓(かん)国瑜(こくゆ)高雄市長との一騎打ちで争われる。争点は、ずばり中台関係だ。
与党・民進党は昨秋の統一地方選で惨敗を喫し、蔡氏は党主席辞任を余儀なくされた。同地方選で民進党の金城湯池であった南部の高雄市長の座を獲得した韓氏は今春の訪中で、中国側が高雄から農産品や水産品などを大量に買い付ける総額53億台湾ドル(約190億円)の商談を成立させた。その代わりに韓氏は訪問中、中国政府の意向に沿った形で中台は不可分の領土だとする「一つの中国」原則に基づく「1992年合意」の堅持と、「台湾独立」への反対を強調した。中国は台湾統一に向け、これまで「以商囲政」方針を取ってきた。台湾とビジネスを進める「以商」で政治を包囲する「囲政」の外堀を埋めようというものだ。
統一地方選で「韓流」と呼ばれたブームを起こした韓氏ではあるものの、これでは中国の手の内で踊っているようなものであり、現状維持を求める台湾の人々の懸念の元となった。さらに6月以降、中国への容疑者移送を可能にする「逃亡犯条例」改正案に端を発した香港の大規模デモが続いており、蔡氏再選への大きな追い風となっている。
中国の習近平国家主席は年初の演説で、台湾に「一国二制度」の受け入れを迫り、蔡氏は「台湾の絶対多数の民意」として即時に拒否したことで支持回復の芽をつかんでいた。このままではまずいと判断したのか、中国は次の「以商囲政」方針強化に打って出てきている。北京の「以商囲政」第2弾は、札束外交で台湾との外交関係を断ち切り国際社会での孤立化を図り、力でねじ伏せようというものだ。
なお習近平国家主席が2013年に打ち出した一帯一路構想は、ユーラシア大陸の中国と欧州を陸路と海路で結ぶというだけでなく、南太平洋にも1本の線が引かれている。かつて中国は「太平洋を東西に分け、西太平洋は中国が管轄する」意向を米国に示したことがあるが、南太平洋に引かれたこの線も、太平洋における米豪分断のために引かれた線と考えるのが妥当だ。
1996年春に行われた初の総統直接選挙では中国が台湾周辺でミサイル演習を実施した。この時には、直ちに米国が2隻の空母を台湾海峡に派遣し、台湾擁護に動いた経緯がある。
今回も米国は8月、台湾へのF16戦闘機66機の売却を決めた。この断固とした姿勢は、中国の強権的手法による台湾併合を断じて許さないという米国の意思表示と見て取れる。自由で開かれたアジア太平洋構想の中で、台湾は大きな要石だ。
編集委員 池永 達夫