ネット署名の信憑性 架空住所もカウントされる

《 記 者 の 視 点 》

 ウェブサイト「Change.org」(チェンジ・ドット・オーグ)を使った署名活動がブームだ。直近では、自民党のLGBT(性的少数者)理解増進法案の今国会提出見送りを受けて、LGBT活動家らが先月31日、抗議署名9万超筆を集めて同党に提出、それを一部メディアが報じた。

 署名活動が始まったのは20日夜。法案を審査する自民党の会合が、当初案に「差別は許されない」という文言が加えられたことで紛糾したのがきっかけだった。10日余りで10万筆近い署名が集まるのだから、ネットの力を見せつけた格好だが、アナログ世代の筆者は、そこに強い違和感を覚えた。

 署名の偽造事件が発覚した愛知県知事のリコール署名運動のような首長の解職請求と違い、法的効力のない署名活動といえ、公党に提出するのだから、集めた署名の信憑(しんぴょう)性は問われよう。

 そう思って、ツイッターを見ると、「水増し可能で信憑性が一切ない」「複数アカウント作れば一人で何票も署名できる」など、ネット署名を疑う書き込みで溢(あふ)れていた。署名は通常、実筆の氏名、住所があって「一筆」として認められる。それがないネット署名を10万筆集めても、それを「国民の声」の反映と見るのは短絡的というわけだ。

 「ネット署名なんて、その程度のものだ」と、割り切ればいいのかもしれないが、署名とは言えないものまでカウントされて積み上げられた数を、無批判に報道するメディアがあるのだから放置してはおけない。実例を紹介しよう。

 埼玉県春日部市議会が昨年9月、LGBT支援団体によって提出されたパートナーシップ制度の導入などを求める請願書を採択した際、市内に問題となるような「差別はない」として、一人反対した井上英治市議が支援団体や一部メディアから非難されたが(昨年11月14日付のこの欄で既報)、その続報だ。

 LGBT支援団体「レインボーさいたまの会」は4月7日、「井上議員のLGBT差別発言への抗議署名」と題して、公の場での謝罪を求めるネット署名1025筆を、議会事務局に出した。宛先は井上市議と市議会議長。

 その署名簿を精査すると、「氏名」「居住地」「日付」の欄がある中で、居住地を「日本」とだけ記したものが相当数あった。また「三重県・Sendai」「福岡県・Toshima-ku」など、存在しない住所も少なくない。氏名もイニシャルだけのもあり、署名簿の信憑性が薄いことは明らかだ。

 それでも、一部メディアは4月8日付で、「1025人分の署名を、議会事務局に出した」(朝日新聞)、「議会事務局に1025人分の署名を提出」(埼玉新聞)と報道した。

 これに対して、井上市議は両新聞社に「町名や地番、電話番号、押印などがないものや、一見してあり得ない住所を書いているものでも署名に値する、との認識なのか」として、訂正、謝罪を求める抗議文を提出した。10日現在、両社からの回答はないという。

 信憑性に疑問が持たれる署名簿をチェックもなく報道するのは報道機関としての怠惰を超えて、運動への加担と見るほかない。

社会部長 森田 清策

(サムネイル画像はChange.orgより引用いたしました)