「バイデン米大統領」誕生なら…
《 記 者 の 視 点 》
ずれた外交センスに懸念
ネット上で使われるスラング(俗語)に、「逆神」という言葉がある。立てた予想がことごとく外れる人のことを指すが、筆者がワシントン特派員として米国の外交政策をウオッチしていた時、この言葉が最も当てはまると感じたのが、ジョゼフ・バイデン前副大統領だった。
バイデン氏は36年間の上院議員時代、外交委員長を務めた経験などから「外交のプロ」と呼ばれていた。オバマ政権の副大統領に選ばれたのも、外交分野への見識が買われたからだった。
だが、上院議員時代のバイデン氏は、イラク政策をめぐり、ブッシュ政権が2007年に実施した米軍の増派作戦に猛反対。それどころか、イラクを三つに分割する案を主張していた。米軍増派がイラク安定に大きく寄与したことは周知の通りだ。ことごとく的外れなことを言う人だと思ったものだ。
バイデン氏の過去の言動や主張を全て確認したわけではない。だが、「逆神」という筆者の見立ては間違っていなかったと確信させられた出来事が二つある。
一つは、ブッシュ、オバマ両政権で国防長官を務めたロバート・ゲーツ氏が、14年に出版した自叙伝で、バイデン氏を「過去40年間、ほぼ全ての重要な外交・安全保障問題で誤りを犯してきた」と酷評したのだ。8人の大統領に仕えた経験と卓越した洞察力から、党派を超えて幅広い尊敬を集めるゲーツ氏が言うのだから、間違いないだろう。
もう一つは、安倍首相が13年12月に靖国神社を参拝したことに対し、オバマ政権が「失望」を表明した時のことだ。「遺憾」よりも強い「失望」という表現にこだわったのは、バイデン氏とされる。国のために命を捧(ささ)げた英霊に哀悼の意を表した同盟国の首脳を一方的に批判したバイデン氏の外交センスには、心底「失望」させられた。
そのバイデン氏は、民主党大統領候補指名を確実にし、11月の大統領選でトランプ大統領と対決する。トランプ氏の予測不能な行動への不安から、日本の知識人や大手メディアの間では、「バイデン大統領」の誕生を期待する声が強い印象を受ける。確かにトランプ外交には常に不安がつきまとう。だが、外交問題でことごとく判断を誤ってきたバイデン氏の方が、よっぽど不安である。
特に気掛かりなのは、対中国政策だ。米国内は対中警戒ムード一色であり、バイデン政権が誕生しても、オバマ政権時代のような融和路線に戻ることはなく、強硬姿勢が基本になるだろう。だが、共産党一党独裁体制の中国は深刻な脅威であるという明確な認識を、バイデン氏が持っているかどうか疑わしい。
バイデン氏は昨年5月、中国を「悪い人々ではない。競争相手ではない」「われわれを打ち負かすかって? おい、うそだろ」などと主張した。これだけでバイデン氏の対中観を判断してはならないが、耳を疑うような発言である。
いずれにせよ、トランプ氏が嫌いという理由だけで、バイデン氏を評価する安易な風潮は戒めなければならない。
編集委員 早川 俊行