空白のカシミール 火事場泥棒の中国人民解放軍
《 記 者 の 視 点 》
力の空白地帯が生じると自制力に乏しい強者が弱者を駆逐する。帝国主義時代を彷彿(ほうふつ)させるような現実が、まだ地球上には現存している。
その距離、3500キロという世界有数の長さを誇る中印国境の多くは、領有権がはっきりしない未確定地域が含まれる。
世界地図を開くと、国別の色分けから除外された白地図が存在する。中印国境西部のカシミール地方や東部のブータンに隣接するインド・シッキム州北部も、この白地図になっている。
この中印国境の白地図部分が先月来、一方的な現状変更を試みる中国人民解放軍の脅威にさらされている。
インドが支配する領域約9万平方キロに対する領有権を主張している中国は先月来、人民解放軍兵士1万人以上を動員、一部をインド支配地域に断続的に侵入させたり、5カ所に分かれキャンプを張りとどまっている。
現地インドのメディアによると、インド北部のジャンムー・カシミール州ラダック地域にあるギャルワン渓谷に中国軍が侵入して活動拠点を構築していると報じた。
当該地域の衛星写真には中国軍が設営したテントや持ち込んだ重機などが写っている。
またシッキム省北部の中印国境でも先月10日、中印両軍による小規模な衝突があり、火器こそ使用されなかったものの150人が殴り合い、インド国軍兵士4人、中国人民解放軍兵士7人が負傷している。
標高5200メートルを超える高地にある山岳辺境地帯のラダックやシッキム州北部の中印国境地帯ではこれまでも、中印の兵士が小競り合いを繰り返してきた歴史があるが、今回の衝突は1980年以来、最大の緊張状態にさらされているという。
背景には4、5月の失業率が23・5%に上昇するなど新型コロナウイルスの感染拡大で苦しむインド側の弱点を見て、チャンスとばかり出てきた中国側の思惑が存在する。
「溝に落ちた犬はたたけ」という中国的風土は、コロナ禍で苦しむインドを鞭(むち)打つことに良心の呵責(かしゃく)はなく、相手の弱みを自国の利益を増大させるチャンスとする意思があるのだ。
引退を間近に控えていたアリス・ウエルズ米国務次官補代理(南アジア、中央アジア担当)は、「増大し続けるパワーを使った中国による強圧と不穏な振る舞いであり、これに抵抗しなければならない」とインドに抵抗を促した。
またトランプ米大統領も先月27日、ツイッターで「米政府は仲介や仲裁する用意と意思がある」と表明している。
トランプ大統領は2月、インドを訪問。モディ首相との会談では、米国製兵器をインドに売却することで合意した。
9月に延期された米国での先進7カ国(G7)首脳会議でトランプ大統領は、インドを招待し対中包囲網の構築を狙っているが、強権国家の暴発を許さない断固とした民主国家の意思が問われる時代を迎えている。
編集委員 池永 達夫