大学生を防災リーダーに

災害に強い社会づくり

愛媛大学大学院教授 防災情報研究センター長 矢田部龍一氏に聞く

 大災害に遭遇しても被害を最小限にするには地域の防災力が鍵になる。行政はそのための仕組みを作り、地域や職場で防災訓練・教育を行っているのだが、成果はいま一つ。そこで「実践的学生防災リーダー育成プログラム」を始めた愛媛大学防災情報研究センター長の矢田部龍一教授に、その意図と仕組みを伺った。
(聞き手=フリージャーナリスト・多田則明)

防災クラブを立ち上げ/地域企業ともタイアップ
就職にインセンティブ/本気にさせる仕組みが鍵

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 ――東日本大震災で明らかになったのは、被災時の自助・共助の大切さだが、昔に比べ少子高齢化などのせいで地域共同体などの絆が弱くなっている。

 自助・共助が言われ始めたのは阪神・淡路大震災の時で、広域災害が起こると行政による公助が届きにくく、「自助7割、共助2割、公助1割」という言葉が格言のように語り継がれている。しかし、18年後の東日本大震災までに自助・共助はそれほど進んでいなかった。国は法整備をはじめいろいろ動き、支援体制を作ってきたが、本当の意味で地域が動かないと、実効性のあるものにはならない。

 例えば、自助では自宅の耐震補強や家具の固定をした人は、まだ半分に届いていない。共助では、2011年7月の新潟・福島豪雨では寝たきり老人などが水死したので、地域で災害弱者を助けないといけないとなった。そこで、災害時要援護者支援ガイドラインが作られ、政府は全自治体に災害時要援護者支援対策を求めたが、個人情報保護法などとの絡みもあり、実質化しているとは言い難い。

 一方、少子高齢化は確実に進み、地域の力は弱り、災害時要援護者は増えているので、今の段階で何か有効な手を打たないといけない。明日、災害が来ると分かれば人は動くが、いつ来るのか分からないことなので、人はなかなか動かない。地域住民が防災教育を受けるようにすればいいのだが、そこに向けて人が動くにはどうすればいいか。

 これから超高齢化社会を迎えるので、若い人たちに防災意識を持ってもらうことが大切だ。そのためには、大学生が卒業時に防災のプロになって社会に出るような仕組みを作ることが望まれる。大学は大きな人材供給源なので、学内に防災クラブを作り、住む地域や就職先の会社や役所を守る意識を持って卒業するようにしたらいい。しかし、目の前に何らかのインセンティブがないと、いくら公共心や奉仕精神を鼓舞し、大災害が起こると脅しても、学生はなかなか動かない。

 そこで考えたのが、就職先をリンクさせた「実践的学生防災リーダー育成プログラム」だ。政府は地方創生の一環で地方での就職を増やそうとしているので、1年生の時に環境防災学(2単位)を取らせ、日本防災士機構の防災士の資格を取得した学生たちで防災リーダークラブを作ることにした。今年、愛媛大学で始め、100人で防災クラブを立ち上げたばかりだ。

 2~3年生の時に、松山市消防局などとタイアップして実践教育を行う。すでに総合防災訓練や各種の防災パトロールなどの活動をしているので、そこに学生を組み込んで、地域の防災活動に学生を参加させる。あるいは地域の企業ともタイアップして行う。

 大学では、防災訓練などを実践学として成り立つようにして、そこで受けた実践訓練を単位化する。防災マネジメント学(2単位)、防災情報社会学(2単位)、地域防災実践学(2単位)で、計8単位になる。

 松山市消防局は地元企業数百社と協定を結んでいるので、学生が企業とタイアップしながら訓練を受けることが可能だ。3年生は2週間程度のインターンシップで企業や自治体に行けば、防災やまちづくりなど地域活動を通して学生を長期にわたって観察できるので、それを採用に役立ててもらう。

 学生は、それを通して企業や自治体の動きや地域を知ることができる。多くの企業や自治体が地域に役立つ人材を求めているはずなので、これは地域や職場の防災リーダーの育成とともに、就職支援の実践的な取り組みとして歓迎されると思う。来年度は約200人に拡大する見込みだ。

 ――災害に備えて組織的に動ける体制を、民間企業も作ることが必要になる。

 そのコアとして学生を使い、学生にとってはそこに就職できるというメリットがある。彼らが職場で大学のOBとして成長すれば、後輩の学生たちと共に自律的に動けるようになる。企業にしても、そんな人材が育つことは望ましい。長期的な戦略だが、極めて持続可能で組織的なものだ。

 今年はまだ卒業認定の単位には入っていないし、資格取得には1万円以上かかるが、予想を超える100人以上が申し込んできた。今の学生は防災意識が高いのと、就職にプラスになると思ったからだろう。

 今年の講義は、夏休みの9月最後の週に1週間ぶっ通しで行い、土曜日には松山市消防局の救急救命の講習を受けた。

 先日、学生防災リーダークラブの発足式を5限目に行ったら、100人のうち80人余が参加した。普通の授業態度と比べてとても真面目で、真剣に取り組んでいる。受講のきっかけは就職に有利だからかもしれないが、活動していくうちに興味を覚え、本気が出てきているようだ。そんな学生なら企業も採りたいだろう。いい学生に育てると企業は何社も内定を出すので、そんな学生に育て上げたいと考えている。

 今タイアップしているのは松山市消防局だが、今後は警察や自衛隊にもお願いしようと考えている。彼らは防災のプロでもあるので、指導を受けると、学生たちの意識が変わると思う。それらの協力を得ながら、活動の場は地域になる。

 ――自治会などで防災教育を受けると、参加者はいつも同じ顔ぶれで、内容もマンネリ化している。

 やはり何か得になるものを見せることと、人間は公的精神を持っているので、それに火が点けば走りだす。最初の数年は私が指導しないといけないだろうが、その後は自動的に広がると思う。愛媛県で成功すれば、全国に展開していきたい。

 ――地方創生では地方大学に地域に役立つ人材育成が求められている。

 私自身は自分の生きる道に合致するものを探していて、たまたま地盤防災に興味を覚え、面白いことを追求しているうちにネパールにも出会った。普通の研究者なら論文執筆を優先するのだが、私は現場も大切にしてきた。そのためネパール大地震が起こると、結果的に私が研究の代表者になって被害を調査し、報告書を書くようになった。

 役人は真面目に考えて、防災のために理想的な仕組みを作るのだが、もう一歩踏み込んで、そこに面白さがないと人は動かない。

 私が提案したプログラムは、夏休みの1週間を潰(つぶ)し、お金がかかり、さらに今年は卒業単位にもならないので、受講する学生は少ないと言われたのだが、開講してみると多くの学生が受講してくれたので驚いている。

 防災教育でも若者をいかにその気にさせるかが鍵になる。若者たちに夢を持たせ、本気にさせる仕組みを一つでも作れたら、日本は変わると思う。

 矢田部教授の専攻は地盤防災工学。1993年にJICA(国際協力機構)の派遣でネパールに4カ月間滞在し、同国政府に地滑り対策など提言して以来、ネパール訪問は20回を超え、そのたびに政府関係者に防災教育の必要性を説いてきたという。それが縁で98年からネパールの留学生を受け入れ、既に10人以上が学び、留学生第1号は同大准教授になっている。愛媛大防災情報研究センター長として自治体と共同で地域の防災教育を進めており、4月に起きたネパール大地震では、5月に現地に調査に入り、研究者らと総合調査チームを結成し、代表を務めている。「学問と教育を通して災害に強い国にするのが、私たちの国際貢献だ」と言う。