「那覇市民の台所」農連市場解体に店主ら猛反発
那覇市の都市再開発計画は難航か
権利変換に合意できず、説明不十分で補償に不安
「那覇市民の台所」として親しまれている農連市場が、老朽化と都市基盤整備のため、秋ごろから解体工事が始まり、3年後の完成に向けて再開発が行われる。ところが、店子(たなこ)と呼ばれる市場の店主らとの合意形成ができておらず、計画は難航が予想される。(那覇支局・豊田 剛)
7月上旬、農連市場で野菜や小物を売る70代の女性は、新品の陶磁器をいくつものゴミ袋に詰めていた。
「15日までに部分的に立ち退きするように言われているから、仕方なく店の商品の半分は処分するんです」
新品であっても商品を置く場所がないため、処分するしかないというのだ。
農連市場は、那覇市中心部の国際通りから第一牧志公設市場を抜けた先にあり、中心を細いガーブ川が流れる。行政上は河川ではなく公共下水道雨水施設。川沿いだけでなく、川の上にも所狭しと店舗が並ぶ。
ここで2009年8月、不幸な事故が発生した。ガーブ川が氾濫し、耐震調査作業中の男性作業員5人が鉄砲水に流され、4人が死亡した。犠牲者は現場責任者と孫請け業者の建設会社の社員だ。この事故では、遺族は「発注者の那覇市農連市場地区防災街区整備事業準備組合も業者とともに安全管理を怠った過失がある」と元請業者と市当局の対応を非難した。
再開発構想案は1984年に策定され、那覇市農連市場地区防災街区整備事業という名称で昨年、正式に県が認可した。
「都市基盤整備が未整備のまま放置され、特定防災機能(火事または地震が発生した場合において、延焼防止上及び避難上確保されるべき機能)を果たす公共施設がなく、市場施設や関連施設の老朽化と相俟(あいま)って防災機能に支障」をきたしていて、「地区人口の減少、商業の衰退、防災面からも早期の地区再生が望まれている地区」と位置づけている。
今後、河川整備や耐震工事を行いつつ、防災に強い新たなまちづくりが進められることになる。農連市場とその周辺にはショッピングセンターや駐車場などを収容する建物や分譲住宅、市管理の保育所と集会所、市営住宅などが集まる地区など約3・2㌶の再開発が予定。再開発を手掛ける間瀬コンサルタントは「従来の農連市場の機能を維持しつつ、災害に強く、県民や観光客に魅力のある街づくりを目指す」としている。再開発計画の基本方針は間瀬コンサルタント、国、県、那覇市、商工会議所、JA、学識経験者らが策定した。
ところが、当初8月に予定されていた農連市場の解体を目前にして、市農連市場地区防災街区事業整備組合(新垣幸助理事長)の組合員らが6月末、市当局を訪れ、再開発を中止するよう要請した。これを受け、同組合は7日、店子らを中心に意見交換会を急遽(きゅうきょ)開いた。県、那覇市、間瀬コンサルタントの担当が出席し、再開発計画と農連市場の今後について説明した。
ここでは立ち退きや再開発計画に「納得していない」という意見が噴出した。「耐震工事だけで十分。市場は解体しないでほしい」店子の女性がこう訴えると、参加者の大多数が「そうだ」と叫び拍手した。
担当者は「これまで現状調査や説明会などに関する情報を多く行い、十分に説明を尽くしている」と説明するが、店子には高齢者が多く、「紙切れ一枚を渡されて理解させるのは難しい」(農連市場周辺の小売店主)のが実情だ。
また、組合総会が17日に開催されたが、農連市場の店子からは一人の参加もなく、市場は完全に置き去りにされた印象となった。
地べたで野菜を売る自主運営店舗の1日の地代は400円程度と格安だ。ショッピングセンターに移れば、売り手と買い手が金額を話し合いながら取引する相対(あいたい)売りが難しくなるだけでなく、賃料高騰により家賃を支払えなくなる心配が浮上している。
そのため、権利変換(事業施行前の各権利者の権利を、事業完了後の施設の床及び敷地に関する権利に変換すること)に合意しない店子が多い。説明会では中心的な女性が「納得するまでは署名しないようにしましょう」と訴えていた。
再開発計画では「店舗では現在の相対売りを継承することで、観光客の集客も図る」と説明するが、「まったく今後が予想できない」「仮設店舗がどうなるかも分からない」「再開発してもこれまで通りお客さんが来てくれるだろうか」との不安が多く聞こえる。
説明会を通りかかった観光客の男性は「市場としての魅力がなくなってしまい残念」と発言したのが印象的だった。
今後、県、市、コンサルタント会社が地権者や店子らに立ち退き補償内容や事業計画を丹念に説明しなければ、計画は暗礁に乗り上げる。農連再開発問題が翁長(おなが)雄志(たけし)知事にとって厄介な問題になりかねない。
農連市場
1953年(昭和28年)に琉球農業協同組合連合会(現在のJAおきなわ)が設置。戦後の混乱期から続く生鮮野菜を中心として県内最大規模の朝市に発展した。敷地面積約千坪の広さに120以上の売り場がひしめく。市場周辺には乾物屋、花屋、そば屋が所狭しと並ぶ。2005年には店子(たなこ)らで構成する農連中央市場協同組合が県有地約1100坪の借地権を買い取ったが、昨年5月、県は農連市場の再開発を目指す農連市場地区防災街区整備事業を認可した。