ロシア機撃墜の上にシリアでの露の危険な動きに警告発するWSJ

◆シリア情勢が複雑化

 ロシア軍爆撃機がトルコ軍機に撃墜されたことで、シリア情勢はいっそう複雑化してきた。パリ同時テロもありこのところ欧米各紙は過激派組織「イスラム国」(IS)、シリア情勢への注目が高いが、ロシアの介入には総じて慎重だ。

 ロシアは9月、シリア内戦への本格介入を開始した。アサド政権を支持するロシアは、ISへの空爆を強調するが、同時に、欧米、アラブ諸国が支援するシリア反政府組織などへの空爆も行われ、欧米から批判されてきた。

 シリア情勢は、シリア、イラクの国内勢力、欧米諸国、アラブ諸国、トルコ、イスラム教スンニ派・シーア派、クルド人、ロシア、イラン、ざっと挙げただけでもこれだけの集団間の利害が絡み合う。さらに、各集団内でも衝突が繰り返され、内戦の長期化とともに、情勢は複雑化している。

 その中でも最新で最大の変化はロシアの介入開始だ。もとはといえば、米国主導の有志連合による腰の引けたシリア政策で、シリアに無秩序状態、力の空白が生まれたところに、アサド政権を支持するロシアが割り込んできた。地中海唯一のロシアの基地であるシリア西部のタルトゥス軍港の維持も重要課題だ。すでに西部には空軍基地を建設したというから手際がいい。

 そこで、パリ同時テロの発生もあり、シリアのIS掃討でロシアと欧米、アラブが手を組もうという動きが急速に出てきている。

 米紙ワシントン・ポスト紙はこれに対して「シリアでのロシアとの協力は、米国にとって間違った一歩だ」と強い懸念を表明した。

◆露製兵器に低い評価

 ポスト紙は、「欧米との共闘はロシアにとって得るものが多い」と指摘する。欧米からの制裁の解除が見込める上に、今後のシリア情勢で影響力が得られるからだ。

 また、ロシアはカスピ海上の艦艇から高価な巡航ミサイルを使って攻撃を行い、潜水艦発射巡航ミサイルまで持ち出してきた。自国の武器の能力を世界の武器市場にアピールするためもあるだろう。また、使用した潜水艦は新型な上に、「潜水艦発射巡航ミサイルが実戦に使用されるのもロシア海軍史上初」(ロシア国防省筋)というから、新型兵器の試験場といった様相だ。

 だが、ポスト紙によると、軍事アナリストによるロシア製兵器への評価は低い。ロシア軍機が投下する爆弾は無誘導であり、「シリア兵、イラン兵が使用している、ロシアが提供した戦車、装甲車は、米製の(対戦車)TOWミサイルに破壊されている」からだ。

 シリア国境付近で露軍機を撃墜したのも米製戦闘機であり、脱出したパイロットの救出に向かった露軍ヘリはシリアの反政府勢力によるとみられるロケット攻撃で破壊された。ロシアからは「ISのタンクローリー1000台を破壊した」など、華々しい戦果が発表されるが、ロシア製兵器の実力に疑問が持たれるのも致し方ないだろう。

 ロシアとイランは、シリアの各勢力間の対話を行い、憲法を制定し、議会選を行うことを提案しているが、これもアサド政権の存続を狙ったものだ。

 ポスト紙は、「プーチン氏が反IS連合に貢献し得る唯一の方法」として、「態度を改め、自国の影響力を生かしてアサド大統領を排除し、西側の支援を受ける勢力への攻撃を止める」ことだとしている。

 ロシアとしては受け入れられるはずはなく、シリアでのロシアとの共闘は不可能とみるしかない。

◆NATO挑発と批判

 米紙ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)は、ロシア機撃墜を受けて「トルコの警告射撃」と、このところのロシアの危険な動きに警告を発した。

 WSJは「プーチン氏はNATO(北大西洋条約機構)の決意を試し、トルコは米国の支援を必要としている」と指摘する。

 ロシアは、これまでもたびたびロシア国境付近で問題を起こしている。10月に2度にわたってトルコ領空を侵犯、NATO事務総長は「(侵犯は)事故のようには見えない」とロシア機の意図的な侵入を示唆した。トルコ領空に侵入した無人機が撃墜され、これもロシアのものではないかとみられている。

 プーチン氏の危険な火遊びで、かえってロシアの首が絞まっているように見えるが、一方で、米国のシリアでの不作為を受けて、エジプト、ヨルダンなどアラブの親米国がロシアに接近している。ロシアのシリアでの動きに警戒が必要だ。

(本田隆文)