地球温暖化に警鐘鳴らし脱炭素化の広報番組的なNHKスペシャル
◆温暖化も「緊急事態」
新型コロナウイルスの緊急事態宣言が年明け早々に再発令され、コロナ対策で変容した社会が日常となる中、9日放送のNHKスペシャル「2030ミライの分岐点」シリーズ第1回「暴走する温暖化 “脱炭素”への挑戦」は、温暖化も地球レベルの「緊急事態」として警鐘を鳴らしていた。
CGによる温暖化が暴走する地球各地、ナビゲーターの女優・森七菜さんが熱中症警報が鳴る温暖化で荒廃した東京・渋谷ハチ公前交差点などディストピア(暗黒の未来像)をさ迷う風景、一昨年に大きな洪水被害をもたらした台風19号がさらに強大になるシミュレーションなどテレビならではのリアリティーのある映像は、一昔前ならSFだけの世界だった。
地球温暖化対策の国際枠組み「パリ協定」では、産業革命からの平均気温上昇を2度未満に抑える世界共通の長期目標を設定し、加えて1・5度に抑える努力を追求することになっている。
番組は、「人類の未来を左右する決定的な10年に突入した」と指摘するポツダム気候影響研究所の環境学者、ヨハン・ロックストローム氏の研究などを基に、今年からの10年が、温暖化回避に対策を立て得る期間で2030年が分岐点になるという。
「ホットハウス・アース理論」を発表したロックストローム氏は、温暖化は臨界点を超えると止められないといい、「プラス1・5度が地球の限界だと示す科学的証拠が増えている」と指摘する。現在1・2度まで上昇しており、猶予のない「緊急事態の真っ只中(ただなか)」と強調した。
◆灼熱化するシナリオ
温暖化が暴走するプロセスは、太陽光を反射して熱を逃がしてきた北極圏の氷の縮小で海水が温まり、温暖化が加速。その影響はシベリヤの永久凍土(ツンドラ)を溶かして地中に閉ざされていたメタンが気化して二酸化炭素(CO2)が排出され“温暖化のドミノ倒し”が起き、南米の熱帯雨林はサバンナ化してCO2の吸収量が減り、南極では大量の氷が溶けて海面が1㍍上昇する―というものだ。
その結果、2100年にプラス4度の上昇となった場合、東京では猛暑日は47日、屋外労働ができる時間が3~4割減り、熱中症は東京23区で現在の13・5倍、24万人が救急搬送されて医療危機となり、アジアで五輪を開催できる国は高地のモンゴル、キルギスぐらいになるという。
灼熱(しゃくねつ)の地球を描いて対策を迫るような広報的番組だが、わが国も脱炭素社会を実現する方針だ。が、もっぱら対策については欧州連合(EU)の取り組みや、グレタ・トゥーンベリさんら若者たちの環境運動を紹介し、米国の大統領選挙ではバイデン次期大統領の環境政策に若者の運動が影響を与えたと評価した。
◆石油に代わるものは
無論、危機を叫んで新たな対策を訴えることは共感を呼びやすい。しかし、長く産業を支えた化石燃料からの転換は簡単ではない。映画にもなったメルヴィルの小説「白鯨」は、電気のない時代、捕鯨王国だった米国が照明に必要なロウソクの原料の鯨を世界の海に求めていた19世紀を背景にしている。日本の開国のきっかけになったほど盛んだった米国の捕鯨だが、石油王ロックフェラーに象徴されるメジャーの時代になると欧米の捕鯨は廃れ、今日では食料として捕鯨をする日本に国際的な非難を浴びせている。
欧米に巨万の富をもたらした石油メジャーだけに、脱炭素化は捕鯨をやめたぐらいのよほどのエネルギー転換と経済的展望がないと順調には滑り出さないだろう。番組はドイツの発電企業の脱石炭には触れたが、石油については「化石燃料」の表現に含む程度の指摘であった。
また、CO2を排出しない原子力にも触れなかった。あと10年とは言わないが、数十年後に脱炭素社会を先に実現した欧米が、ロシアやイランに「石油を掘るな」と圧力をかける国際政治の光景もあり得るだろうか。
(窪田伸雄)