平成11年に自死した文芸評論家・江藤淳は…


 平成11年に自死した文芸評論家・江藤淳は『諸君!』同6年1月号に「『戦後民主主義』の呪い」という一文を寄せた。その中に次のようなくだりがある。

 「とにもかくにも昭和天皇が御健在であった昭和の間、日本人は一面では時流に流され、時流に棹差し、アメリカの顔色を窺い、かつ上手に利用し、というように身を処して来た。つまり、建前は時流を迎えるようなことを言い続けながら、実は反面、“深い慮り”を失い切ってはいなかった」。

 「深い慮(おもんぱか)り」とは、日本的なコモンセンス(常識)に基づいた「暗黙の合意」という意味だろう。確かに、そういうものがかつての日本にはあった。

 この文章には、バブル経済崩壊(平成2年)、細川連立政権誕生による自民党の政権転落・55年体制の崩壊(同5年)など、先の見えない状況の中での、平成という時代への違和感が基調にあると思われる。

 気流子も平成になってから「日本は意気が上がらないな」と漠然と感じていた。江藤がこの文章を書いた翌平成7年には、阪神淡路大震災、オウム真理教による地下鉄サリン事件が起きた。

 しかし日本人は、平成の初めに喪失気味だった自信を徐々に取り戻し、平成23年には東日本大震災という未曽有の自然災害を経験しながらも、国民としての一体感を示せた。その背後に、国民に常に寄り添われる今上陛下の祈りがあった。平成最後の4日間、この30年の自分と日本の歩みを静かに振り返ってみたい。