「人生には成功も失敗もない。あるのはそれを…
「人生には成功も失敗もない。あるのはそれを味わい尽くすことのみ」。日本を代表するアルゼンチン・タンゴ歌手、香坂優さんがかつてブエノスアイレスに留学し、修業の難しさに落ち込んだ時の気持ちだった。
横浜みなとみらいホールでアルゼンチン・タンゴコンサートを聞く機会があった。楽団チコス・デ・パンパによる演奏があり、香坂さんの歌があり、音楽の解説と思い出話が繰り広げられた。
情熱を込めて歌い、激しく狂おしく心を揺さぶる。名人芸というほかはない。それがどれほど難しいのかは演奏している彼ら以外には分からないが、実に幸せそうに楽しそうに演じている。
「こんな難しい歌をどうやって歌っていいのか、挫折して帰ってきました」と香坂さんは回想する。27年前、恩師の淡谷のり子さんから「タンゴを歌いなさい。でなかったら歌手をやめなさい」と助言されて実行した留学だった。
学んだのは芸術家としての生き方だ。目を向けたのは彼らの日常生活だった。「そこでは過去と現在と未来が一緒に息づいていました。週末にはサロンに若い人も熟年層も子供もダンスにやってきます」。
タンゴは古典で、その文化が根付いていた。興味深いのは、日本人の情緒表現との違い。演歌はあなたが中心だが、タンゴは私が中心だ。奥様方に「アモーレミオ。私を愛してという意味です。家でご主人に言ってみてください」と勧めて笑いを誘った。