巌流島の決闘で終わる『宮本武蔵』(吉川英治)…


 巌流島の決闘で終わる『宮本武蔵』(吉川英治)は著者独白の、こんな一節で長編の幕を引く。<波騒は世の常である。波にまかせて、泳ぎ上手に、雑魚は歌い雑魚は踊る。けれど、誰か知ろう、百尺下の水の心を、水の深さを。>。

 亡くなった“知の巨人”渡部昇一氏は世評に惑わされずに、自らの透徹した眼で“百尺下の水の心を、水の深さを”計れる人であった。そのことを如実に示すのは、主要メディアによる昭和57年の教科書問題誤報事件での氏の言論である。

 事件は6月26日付の朝日などが56年度の高校歴史の教科書検定で、日本の「中国侵略」を「進出」に書き換えたと大々的に報じたことから火を噴き、国際問題化した。だが、「侵略→進出」の書き換え報道は事実無根の誤報であった。

 それを最初に報じた小紙(8月6日付)記事をもとに、渡部氏らが独自の切り口などを加えて誤報メディアを糾弾した「萬犬虚に吠えた教科書問題」(「諸君!」10月号)は、同じ9月2日発売の週刊文春の特集記事とともに大きな衝撃を呼んだ。

 「諸君!」で渡部氏から「七月二十七日頃からの連日の報道にもかかわらず、半月近く経った現在でも各教科書の名前をあげて具体的記述の変化を記述したものは、私の目に入ったものでは『世界日報』(八月六日三面)だけ」と評価を頂いた。

 86歳の逝去。並の学者ならば大往生だろうが、氏においては少し早過ぎと惜しまれるのである。