古書には新刊本にはない風情がある。本に…
古書には新刊本にはない風情がある。本にまつわる話を集めた河野通和氏(編集者)の著書『言葉はこうして生き残った』(ミシマ社)を読むと、「痕跡本」について書かれた本まであるという。古書の前所有者が残した痕跡を調べた本だ。古沢和宏氏(古書店主)の『痕跡本のすすめ』(太田出版)がそれだ。
河野氏自身の体験や、古沢氏の本に紹介されている事例を見ると、古書はさまざまな痕跡を残している。
東大の留学生が古書店でまとめ買いしたロシア文学関係の本(日本語)の中に、東大教授(故人)のゼミの履修願い10枚程度が挟み込まれていたことがあった。古書店に売った教授の遺族も、買い取った古書店も知らぬまま、たまたま留学生が発見したという話だ。
蔵書印も30年ぐらい前までは珍しくなかった。森鴎外の『渋江抽斎』(大正5年)が、彼が集めた武鑑(武家人名録)の蔵書印がきっかけとなって書かれた話は知られている。
余白への書き込みもある。何色ものボールペンで注釈がなされていたケースが紹介されているが、その古書を買った人も、色の区別が何に基づくのかまでは分からない。
古書にまつわるこうした事例について河野氏は「海に流された瓶の中の手紙」とまとめている。本を媒介にして、見知らぬ人間同士が不思議な関係をつくり出す。両者が実際に出会うことはまずないが、何かの「出会い」がなされたことは間違いない。それも古書の面白さだ。