今年は近くのスーパーで見掛けることがなかった…
今年は近くのスーパーで見掛けることがなかったと思っていたら、街の八百屋さんに置いてあった。食用菊である。青森県産の黄色い「阿房宮」も、山形県産の紫色の「もってのほか」もあった。
さっと茹(ゆ)でで、酢醤油(すじょうゆ)で食べると、しゃきしゃきしていて、香りがあって、とても美味(おい)しい。昭和30年代には、青森県から福島県あたりまで、蒸して乾燥させた菊のりを背負って行商に来る人たちもいた。
菊のりは最近では見掛けなくなった。流通機構が発達して、摘みたてを東京でも食べることができるからだろう。菊花展などで大きな花を見ると、食べてみたい気もするが美味しくないのだろう。
食用菊の季節は秋も終わりという感慨を誘う。青森県出身の作家、三浦哲郎さんは地元の菊畑を目にしたことがあるらしく、短篇(たんぺん)「お菊」で描写している。車の運転手が女を菊畑の中にある家に送り届けるシーンだ。
「道の片側のゆるやかな斜面が見渡す限りの菊畑で、その中腹にある藁葺屋根の女の家は、まるで黄色い海に揉まれて傾いている尾形船のように見えた」。菊畑の場面ばかりが印象に残る作品だ。
三浦さんは胡麻和(ごまあ)え、味噌(みそ)汁、てんぷら、揚げものでも食べたらしいが、母親は味噌漬けにしてたくさん作っておいたという。キャベツ、味噌、花びらを何層にも重ねていき、最後に石を乗せる。現代には現代風のレシピがあるが、青森県人もいろいろ工夫して食べてきたのだ。