佐賀県有田町は日本の磁器誕生の地。泉山で…


 佐賀県有田町は日本の磁器誕生の地。泉山で朝鮮人陶工の李参平が原料を発見し、焼成に成功したのは元和2(1616)年。今、その場所は国指定史跡になっていて、白磁ヶ丘公園と呼ばれている。

 そのころ酒井田円西とその子、喜三右衛門は白石郷から有田郷南川原に移住し、陶器から磁器窯に転じた。喜三右衛門が日本で初めて赤絵磁器を完成するのは寛永20(1643)年。初代柿右衛門だ。

 その後、有田の色絵磁器は急速に発展し、オランダ東インド会社の手によってヨーロッパに紹介される。乳白色の温かみのある、濁手と呼ばれる素地と、赤絵の絵付けが特徴だった。

 いろんな色を使っているが赤の発色が一番難しかったという。江戸後期には不景気で濁手を作るゆとりがなくなり、技術が絶えた。それを復元させたのは昭和28年ごろで、12代と13代の努力のたまもの。

 今日、有田では井上萬二さん、中島宏さん、今泉今右衛門さんら人間国宝をはじめ、歴代三右衛門と呼ばれる今右衛門さん、酒井田柿右衛門さん、中里太郎右衛門さんらの活躍も目覚ましい。街を多数の窯元と商社が彩っている。

 今年は創業400年。佐賀県では多数の記念事業が進行中だ。フランスやイタリアの祭典に出品し、有田にある県立九州陶磁文化館では「特別企画展」を実施する。9月には東京ミッドタウンで「アリタノカタチ」が開かれる。新しい有田である。