「腸に春滴るや粥の味」(夏目漱石)…


 「腸に春滴るや粥の味」(夏目漱石)。今でも国民的な人気を誇る明治の文豪・夏目漱石は、多くの俳句を作ったことでも知られている。その数約2600句。友人だった俳人の正岡子規にも評価された。

 きょうは「漱石の日」。明治44(1911)年のこの日に、漱石が文部省から贈るという文学博士の称号を辞退したことに由来する。

 その理由は「自分には肩書きは必要ない」「ただの夏目某で暮らしたい」などというものだった。いかにも漱石らしいが、果たしてその心境はどうだったのか。そのあたりを忖度するのは難しい。

 漱石のライバルとも言える森鴎外も、遺言には地位名誉を拒否したような言葉「余ハ石見人森林太郎トシテ死セント欲ス」があり、この2人はどこか似ている面がある。漱石の辞退の理由からは、権威に縛られることを嫌い、独立独歩の道を歩んだ文学者というイメージが浮かぶ。自由を愛する精神をそこに見ることができる。

 しかし、単純にこのように受け止めることはできないことも確かだ。前年には「修善寺の大患」と呼ばれる大病をしていること、そしてこの年に「大逆事件」で幸徳秋水ら12名の死刑が執行されたことなども、漱石の心理に微妙な影を落としている可能性がある。

 この時の心境は「則天去私」という一種の悟りの言葉で象徴されているが、漱石ならずとも、瀕死の大病を患った時に心境の変化があるのは不思議ではない。