「紫式部は『源氏物語』の中で、物語の…
「紫式部は『源氏物語』の中で、物語のすばらしさについて語っている」との記述に出合った(五味文彦著『中世社会のはじまり』岩波新書)。「そう言えばそうだった」と思い出して『源氏物語』の中ほどの「蛍」の巻を見ると、確かにそう書かれている。
「神代(かみよ)以来の歴史は『日本書紀』などにも書かれているが、それは歴史の一部だ。むしろ物語の方に正確な歴史は残っている。善いことや悪いことを目撃した人が、一人で思っているだけではいられなくなって、物語は書かれたのだろう。(略)物語は単なる架空の話ではない」。
『源氏物語』の主人公光源氏の言葉として書かれているが、作者紫式部の物語観を示すものだ。驚くべきは、1000年以上も前のこの言葉が少しも古びていないことだ。
物語は今で言えば小説のこと。虚構(フィクション)と事実の絶妙な組み合わせが人間の真実を描き出す、という考え方だ。
当時の実力者だった藤原道長も『源氏物語』の愛読者の一人で、紫式部に原稿の続きを催促していた、と五味氏の本にはある。
ところが、物語の後継である小説はここ20~30年元気がない。世界的な傾向として、小説は19世紀がピークだったと言われるが、それから2世紀が経過している。それでも『源氏物語』が生き残っているのを見れば、いずれは小説もエネルギーを回復すると期待してよいのでは、とも思えてくる。