文芸評論家の小林秀雄は『無常という事』で…
文芸評論家の小林秀雄は『無常という事』で、作家の川端康成に有名な問い掛けをしている。「生きている人間などというものは、どうも仕方のない代物だな。何を考えているのやら、何を言い出すのやら、仕出かすのやら、自分の事にせよ、解った例しがあったのか」
この問い掛けは自問自答であり、川端の答えを聞くためのものではない。小林が言いたかったのは、何でも解釈しないと気がすまない現代人への疑問である。その前の文で本居宣長の『古事記伝』に触れて、「解釈を拒絶して動じないものだけが美しい」と述べていることからも分かる。
生きている人間の評価の難しさを挙げた後、小林は対比的に死んだ人間が「何故、ああはっきりとしっかりとして来るんだろう」と書いている。「まさに人間の形をしているよ。してみると、生きている人間とは、人間になりつつある一種の動物かな」
この逆説めいた名言を思い浮かべたのは、新聞の社会面に掲載されている訃報欄(死亡記事)を目にしたからである。この欄は社会的に功績のあった人物らが取り上げられ、記事の長さや写真の有無によって評価されている。
ところが、誕生の記事は一部地方紙以外はほとんど載らない。誕生したばかりの人物はまだ何もしていないからである。
1881年のきょうは、画家のピカソの誕生日である。もちろん、この時には将来、世界的な芸術家となることはまだ分からない。