「わくら葉に取ついて蝉のもぬけかな」(蕪村)…


 「わくら葉に取ついて蝉のもぬけかな」(蕪村)。ようやく空気を震わせるようなセミの鳴き声が、熱気の底から聞こえてくるようになった。東京では7月中旬から真夏日が続いていたが、季節感に添える自然の現象には何か欠けている気がした。

 それがセミの声。季節感そのものと言っていい虫の声は、夏のセミや秋のスズムシなどが代表的だろう。春と冬は残念ながら思い浮かばないが、考えれば無理もない。

 虫の声は、子孫繁栄のために雄が雌を呼ぶ声だからだ。春は卵から生長する季節であり、まだ雌を求めることはない。冬は一部の種を別として、子孫の卵を残して死んでいく季節。

 夏や秋の虫の声は、日本人にとっては美意識や死生観に結び付き、独特の精神文化を形づくる要素となっている。

 「野外劇せりふなき刻蝉時雨」(伊藤彩雪)。日本人には古来、自然の移り変わりを大切にしてきた伝統文化がある。物理現象として虫の声を捉えるのではなく、そこに自然の奏でる音楽や芸術を見いだす感性が横たわっている。

 その背景には、稲作を中心とした農耕生活がある。種まきや水やりを行い、稲の生育を見守るとともに害虫にも注意を払って、やがて秋の収穫を迎える。どの作業も決まった時期にしなければならず、個人や家族だけでは限界がある。村が総出で協力しながら自然とともに生きてきた伝統文化がそこに息づいているのである。