芥川賞は話題とともに記憶されることが多い。…
芥川賞は話題とともに記憶されることが多い。今回は「お笑い芸人初の受賞」が話題となった。受賞したのは芸人の又吉直樹氏と羽田圭介氏の2人だが、注目は又吉氏に集中した。
同じ日に受賞が決まる直木賞よりも、なぜか芥川賞が注目されるのは、この賞が新人賞の一面を持つためだろう。「新作家の登場」という話題性が常に伴うからだ。が、小説の世界も、お笑い芸人と同じように厳しい。消えていった芥川賞作家は意外に多い。
芥川賞史上で大きな話題の一つとなったのが、受賞辞退の一件だ。昭和15年、第11回の芥川賞で受賞決定者(第一高等学校教授)が辞退を申し出た。受賞作は出来が悪く、芥川賞の権威にも関わる、というのが理由だった。
主催者側の中心人物である菊池寛は激怒した。「発表した以上、毀誉は他人にまかすべきで、褒められて困るようなら、初めから発表しない方がいい」との厳しいコメントを「文芸春秋」に発表した。
評価は他人が決める、という菊池の見解は正論だ。「自作の価値は自分が一番よく分かる」というのは、勝手な言い分にすぎない。
実はその菊池も、今は作家としての評価は低い。「書く人間(作家)」よりも「書かせる人間(編集者)」として位置付けられることが多い。明敏な菊池のことだから、自身の力量も重々分かっていたはずだ。だからこそ一受賞内定者が「芥川賞の権威」に言及することが許せなかったのだろう。