文芸批評家江藤淳(1999年自殺)と、作家で…


 文芸批評家江藤淳(1999年自殺)と、作家で政治運動家の大江健三郎氏は、当初良きライバルだった。先ごろ刊行された小谷野(こやの)敦(あつし)著『江藤淳と大江健三郎』(筑摩書房)は、親密な関係から険悪なそれへの変化を、いくつものエピソードを紹介しながら描いたものだ。

 江藤については死後もたくさんの論が書かれていて、この批評家への関心の高さがうかがえる。が、大江氏について言及されることは少ない。

 94年のノーベル賞受賞後は「上(あが)り」となってしまったかのように作品も少なくなった。もっぱら、反核・反原発といった政治運動の指導者の側面が強い。

 特に、ノーベル賞と同じ年に文化勲章を辞退して「国辱」と評されたことが大きい。一部の崇拝者以外は、大江氏に好意を持つ人は少ないのが現状だ。「大江嫌い」を公言する左翼文学者も案外多い。

 大江氏が「反天皇」であることは明確だが、完全な非武装主義ではなく、一定の軍事力は必要と考えているようでもある、と小谷野氏は指摘する。意外でもあり、根拠も明確ではないが、そんなこともあるのかしれない。

 むしろ大江氏は、本音のところでは人類の滅亡を願っているのではないか、とも小谷野氏は言う。これも確かなことは分からないが、「核」に対する大江氏の異常な関心についての説明としては、案外本質を突いているように見える。一筋縄ではいかない文学者であることは確かなようだ。