当初、引き取る部屋のなかった体重わずか…


 当初、引き取る部屋のなかった体重わずか62㌔の少年は、ようやく宮城野部屋に入門できた。14年前にモンゴルから来日した白鵬が大相撲九州場所を14勝1敗で制し、誰も超えられない記録といわれた大横綱・大鵬の優勝32回に肩を並べた。

 大関だった2006年夏場所で初優勝して以来、51場所での偉業達成である。大鵬の故納谷幸喜さんを「角界の父」として慕い、尊敬した。2人にしか分からない深い世界がある。

 横綱昇進を決めた07年夏場所後、22歳の白鵬は当時親方の大鵬さんを自宅に訪ねた。横綱とは、と考えていて「大鵬さんが横綱昇進会見で、引退のことを考えてますって言ったと聞いて、あの大鵬さんがそう考えた」ことにぞっとし怖れを抱いたという。

 折に触れ稽古の基本や横綱の覚悟などはもとより、精神面でも多くを学んできた。最強横綱は花道や国歌斉唱で目を潤ませた。「角界の偉大な父の記録に並ぶことができた。約束と恩返しを果たせて一生忘れられない」との万感の思いが込み上げた。

 「この国の魂と、相撲の神様が認めてくれたから、この結果があると思う」。もし同じ立場に立った日本人横綱がいたとして、果たしてこれほどの言葉を残せたかどうか。優勝インタビューの相撲精神に根ざした言葉も、日本人の心に深い感動を刻んだ。

 未到の地に足を踏み入れる来春初場所からは、武道の極意『後の先』体得で名人域に達し、さらなる高みをめざす。