柿の実がだんだん熟す頃となった。渋柿が…


 柿の実がだんだん熟す頃となった。渋柿が熟して甘くなったのを子供の頃よく食べた気流子など、鈴なりに実った柿の木には郷愁をそそられる。

 「熟柿(じゅくし)が落ちるのを待つ」という表現がある。「熟柿主義」という言葉もあるようで、『大辞林』には「柿が熟して自然に落ちるのを待つように、好機が到来するまで気長に待つ考え方」とある。

 ただ、気流子などの経験から言うと、柿が熟して地面に落ちた場合、つぶれて食べられなくなっていることが多かった。とはいえ「熟柿」には食欲をそそるポジティブなイメージがある。

 昭和60年、当時の厚生省が「中高年齢層に関する新名称公募委員会」というのをつくり、50代、60代を表すにふさわしい言葉を一般から募集した。約31万通の応募があり、1位は1万2145通の「熟年」だった。しかし、厚生省は次点の「実年」(6055通)を採用した。

 「熟年」は「熟したあとは腐って落ちるイメージがある」が、「実年」は「人生で一番充実する時代というイメージや実りのときという意味」があるためという。厚生省は「実年」の普及に努めたが、結局ほとんど使われなかった。その代わりに一番応募の多かった「熟年」が定着したのは、見ての通り。

 「メタボ」など新しい概念を提示するならまだしも、言葉には微妙なニュアンスがある。それを官庁が主導して定着させようとしたところに無理があったようだ。