「紅葉してそれも散行く桜かな」(蕪村)。…


 「紅葉してそれも散行く桜かな」(蕪村)。昼の暑さはまだ残っているが、朝夕がめっきり肌寒くなったこの頃。会社の2階の窓から外を見ると、桜の木の一部が黄色く紅葉している。

 全体的には、まだ緑が勝っているが、これからは少しずつ紅葉が増えていくだろう。桜は花ばかりが強調されやすいが、四季それぞれに見どころがあって楽しめる。

 夏は葉桜のあふれるような緑の勢いに成長する命の姿を感じるし、秋は紅葉に陰翳(いんえい)があって風情がある。モミジなどの紅葉は、全体があまりにもきれいに色づいて、美しくはあっても味わいという点では劣る。

 桜の場合は黄色や赤、そして茶色などが点々として、それほどきれいには色づかない。しかし、その破調の自然さがまた奥深い印象を与える。

 日本人には完全なものよりも、少しゆがんだものや不ぞろいのものを愛好する感性がある。特に、陶磁器や古来の建築物に関してその傾向が見られるようだ。真っ赤に色づく紅葉よりも、少しばかり不ぞろいな桜の紅葉が心に残るのも、そのためかもしれない。

 「桜紅葉」という季語について、歳時記で調べてみると「紅葉というほど赤くはならないが、いくらか赤らみ、また黄ばんだり、虫食いの跡があったりする。それなりに美しくまたどこかわびしい」(稲畑汀子編『ホトトギス新歳時記』)とある。自然と共に生きた日本人の伝統的な感性が、ここにも表れている。