荒木村重の裏切りを知った織田信長は「何か…
荒木村重の裏切りを知った織田信長は「何か不満でもあるのか。言い分があれば聞いてやろう」と言ったという(『信長公記』)。この記述からは、村重の行動に当惑している信長の様子がうかがえる。信長は村重の気持ちが分からない。同じように村重も、信長が自分をどう評価しているのか分からない。
むろん両者は対等ではない。信長は、村重がいらなくなれば追放すればよい。現に彼は、譜代の功労者を平気で追い出している。が、村重が信長追放を命じる権限がない以上は、裏切ることぐらいしか方法がない。
ダンカン王を殺害した将軍マクベスについて福田恆存は「来るべき破局を待つことの恐ろしさから、進んで破局に突入しようとする自己破壊的な意志」を読み取っている(『マクベス』解説・新潮文庫)。
村重にしてみれば、魔王のような信長の存在が耐え難いほどの苦痛だったのだろう。半面信長からすれば、イジメる側の人間が常にそうであるように、イジメられる人間の気持ちは全く分からない。解決不能の状況の中で裏切りが発生し、村重は敗北する。
人間は恐怖を覚える動物である上に、想像力だけは果てしなく肥大する。その果てに生まれる人間同士の読み違いは、職場であろうが家庭であろうが、いつでもどこでも発生する。
その信長も、荒木の乱の4年後、明智光秀による別の裏切りによって滅んでしまったのは皮肉な話だ。