夏になると、寄席やホールの落語で怪談噺が…


 夏になると、寄席やホールの落語で怪談噺が演じられる。今年も三遊亭圓朝作「怪談牡丹燈籠」を桂歌丸さんが、東京の国立演芸場で10日間にわたって披露した。25日の紀伊國屋寄席では、桂文治さんが「のっぺらぼう」、三遊亭小遊三さんが「悋気の火の玉」を演じる。

 「悋気の火の玉」は、ある大店の主の本妻とおめかけさんが、死んでからも火の玉になって「かちーん」とぶつかり合うという噺。怖い話もしゃれのめす江戸っ子のユーモアのセンスが光る。

 落語は伝統芸能だから、季節になれば昔と同様、怪談噺を高座にかける。しかし、テレビなどでは最近、怪談は流行らないようだ。怪談専門の語り部タレントも、あまりお目にかからなくなった。

 その理由としては、世の中に余裕がなくなったことが大きいのではないか。考えてみれば、怪談が流行ったのは徳川の泰平の世である。「東海道四谷怪談」を書いた鶴屋南北は宝暦から文政にかけての人。文化の爛熟期、頽廃期と重なるとの見方もできるが、基本的には社会の安定があった。

 怪談というより都市伝説の類になるかもしれないが、「口裂け女」の噂が流行(?)したのは1979年である。米国のホラー映画が日本でも人気を呼んだのは80年代。日本が最も安定していた時期である。

 将来、再びテレビなどで怪談が頻繁に語られるようになれば、日本人の心に少し余裕が出てきたということになるのかもしれない。