何人もの噺家が次から次に出て演じる寄席の…


 何人もの噺家が次から次に出て演じる寄席の落語では、その日一度出た演目を再び高座に掛けることはできない。トリを務める噺家ともなれば、ネタ帳に記されたその日の演目全てをチェックして決める。客の側からすると何を演じるのか分からないのも、一つの楽しみである。

 先月、新宿・末廣亭で柳家小三治師匠のトリの口演を聞いた。寄席を出たところで「きょうは『千早振る』かなと思ったんだけど」と落語通らしき男性が話していた。この日の小三治師匠は「まくら」がかなり長かった。

 師匠のまくらは長く、それを集めた本が出ているくらいだ。しかし、それにしてもこの日はまくらが長いので、噺は短めの、例えば「千早振る」になるとその落語通は思ったらしい。

 しかし小三治師匠、その長いまくらの後、「お化け長屋」をたっぷりと聞かせてくれた。結局、終演時間は通常より20分以上オーバーしていた。

 実はこの日、小三治さんは落語協会会長の職を柳亭市馬さんにバトンタッチした。そんな慌ただしい日だったが、高座はいつもと変わらぬ見事なものだった。

 その小三治師匠が、人間国宝に指定された。うれしいと同時に、これからは畏まって聴かないといけないのか、などと思うファンもいるかもしれない。しかし、それこそ野暮と言うものだろう。「私の勲章は寄席や落語会に来てくれるお客さま一人ひとりが喜んでくれること」が小三治さんのコメントだ。