詩人で日本芸術院会員の那珂太郎さんが亡く…
詩人で日本芸術院会員の那珂太郎さんが亡くなった。東大国文科を卒業後、海軍兵学校国語科教官を務め、戦後は都立新宿高校や玉川大学などで教鞭をとった。詩集『音楽』で室生犀星詩人賞と読売文学賞を受賞。
詩人の故・吉原幸子さんは中学・高校時代に那珂さんから国語を教わった生徒。その頃、本名で福田正次郎先生と呼んでいたそうだ。後に吉原さんを草野心平らの「歴程」同人に推薦したのも先生だった。
『那珂太郎詩集』(思潮社)の解説「師への手紙」で、吉原さんは「にが手の化学などには居眠りしていた怠け者が、あなたの時間ばかりは緊張して眼を光らせ、耳をそばだてていたものでした」と回顧する。
先生の目も光っていた。それは先生の前に並べられた「埃くさいカボチャ頭」に向けられたものではなく、「芭蕉、近松、朔太郎に対して燃える光」だった。弟子はまだ師の詩をよく理解できず、魅力を知ったのは後の事。
詩集『音楽』の中には海の波を題材にした詩がいくつもある。波の絶え間ない運動に生命を感じながら、その無目的性に強迫感を感じている。無意味がそのまま意味になる世界。那珂さんは詩の言葉のもつ音楽性を重視していた。
評論集『詩のことば』について取材した時、こう語ってくれた。「言葉の音は、意味よりももっと深いところで聞く人、あるいは読む人に訴える。そういう感覚的な力を持っています」と。