「書肆(しょし)の灯や夏めく街の灯の中に」…


 「書肆(しょし)の灯や夏めく街の灯の中に」(五十嵐播水)。初夏の陽気が続いている。草木も緑が美しく映える季節。会社の窓に接するほど繁った桜の葉も、緑の濃さがあふれるほど。

 葉の間から涼しい風が吹き寄せてくる。緑の中には、豆粒のような赤い実がチラホラと見える。だが、花を鑑賞する品種は、実もサクランボのようには大きくならない。小鳥たちのご馳走ということになる。

 「さくらんぼ風吹くたびに葉かげより」(増田手古奈)。サクランボは有史以来、食用になっていた果実で、古代ローマの博物学者・プリニウスの著書にも出ている。俳句では6月ごろの夏の季語。風薫る季節に宝石のように輝く実は、人々を魅了してきたということだろう。

 「すき透るゼリーの中のさくらんぼ」(小竹由岐子)。日本の主な産地は、山形県や青森県や山梨県などである。中でも、山形県が発祥の品種・佐藤錦が特に有名。名前はこの品種を生み出した人物に由来するとされている。

 現在、われわれが目にする果実や野菜のほとんどが原種ではない。その多くがたゆまぬ生産者らの努力、品種改良によって生まれた。人類史は、食料の生産増強のために自然の作物を研究し、改良してきた歴史であるとも言える。

 サクランボの別名は「桜桃」。この言葉で思い出すのは、作家の太宰治の忌日「桜桃忌」である。太宰の小説もサクランボにどこか通じるものがあると感じられるから不思議だ。