日本の原子力の高速増殖炉技術


戦後、エネルギー供給に貢献する立場からも、わが国が世界のトップランナーとして開発を目指してきた原子力の高速増殖炉技術。しかし紆余(うよ)曲折があり、2016年には主力の高速増殖炉「もんじゅ」の廃炉が決定された。

1995年、もんじゅのナトリウム漏れ事故の時、後の原子力委員会委員長、藤家洋一さんが「新しい技術に対するチャレンジだから、当然、柔軟な計画性が必要で、研究開発の進捗状況に照らして計画を修正していく必要がある」とその苦心を語っていた。

国のエネルギー行政の展望のなさ、現場の指導者の踏ん張り不足などで撤退に追い込まれた。日本にこういった大型技術を他国に先駆けて開発した経験がなかったためでもある。

ところが、このほど米国がわが国に高速増殖炉開発の共同研究を申し出、日本側が了承した。米国では民主党のカーター政権時に原発の開発に後ろ向きだったこともあり、本格的な高速炉開発から遠ざかっていた。

今日、世界的な脱炭素化の流れの中でエネルギー供給に不安を抱え、日本を頼りに高速炉の共同開発を提案してきたのだ。願ってもない機会であり、日本は開発の主導権を握りたい。

わが国では、温室効果ガスの排出量を減らすという環境論の立場からも原発の一層の活用が求められよう。原子力は原発のほかにも応用範囲が実に広く欠かせない。原発事故の影響で減っている原子力専攻の学生を呼び戻すきっかけにもしたい。