【上昇気流】「挑戦と応戦」の法則


「テレビは一家に一台」という空気が、列島の隅々まで行き渡った1960年代。「うちは東芝」「ナショナル」と言い合った、懐かしい昭和の時代だ。東芝は家電メーカーとして、テレビCMなどで茶の間でもおなじみとなった。

記者会見する東芝の綱川智社長(右)と永山治取締役会議長=2021年4月14日(時事)

70年代以降は半導体の東芝というイメージを強め、日立などと共に業界を支える一角を占めた。この時代は、官民が半導体産業の発展形態を見定め、企業戦略が実行に移された。東芝は「世界トップのDRAM(記憶保持動作が必要な随時書き込み読み出しメモリー)メーカー」という積年の夢も実現。わが国の国際的地位の向上を、大衆にも目に見える形で示してくれた一大電機メーカーだった。

だが、買収した米原発事業会社の経営が失敗し、不正会計問題などが発覚。経営の混迷が深まり、事業は3分割されることになった。誠に残念だ。

かつて技術者を開発に駆り立てたのは、日本を「技術立国」に押し上げ、強大な米国に追い付き追い越そうとする意気込みであった。今は米中両大国のほか、韓国や台湾などの中堅国が周りにいる。

しかも今日、日本は取り組むべき技術や「これで行ける」という発展方向がなかなか見えていない。こうした中の東芝3分割だけに不安が先立つ。

英国の歴史家トインビーは「挑戦と応戦」の法則を明示し、試練の時には強力な指導者と緊密な情報共有がなければ文明の衰退を免れないとした。試練が日本を襲っている。