「ものの芽のほぐるゝ風とにくからず」…


 「ものの芽のほぐるゝ風とにくからず」(坊城董子)。春になると、木や草の芽が萌え出る光景を見るようになる。俳句の歳時記には「ものの芽」「草の芽」「牡丹の芽」「桔梗の芽」などの季語が載っている。

 冬の時期には土の中で眠っていた種の中の生命力が、春とともに目覚めるといった風景を表現している。枯れきった木の枝に葉の芽や花のつぼみがふくらむのもこの時期。特に、桜の枝に点々とついたつぼみは、満開の光景を予感させて待ち遠しい。

 季語は旧暦に即しているので、今の陽暦と季節感が少しずれる面があるが、現実の日々の生活について表現するものもある。歳時記の季語を拾い読みしただけで、田植えや種まきの時期が分かる。

 種や苗を植える前には土を耕さなければならないが、これには「耕(たがやし)」「田打(たうち)」「畑打(はたうち)」「苗床(なえどこ)」などの季語がある。種まきに関しても具体的に植物の名を挙げている。

 「夕顔蒔く」「糸瓜(へちま)蒔く」「胡瓜(きゅうり)蒔く」「南瓜(かぼちゃ)蒔く」「茄子(なす)蒔く」という季語がある。まさに、かつての日本人は旧暦を中心に自然の中に生きて、季語に示された農作業などを行っていたことが理解できる。それほど旧暦は細やかな自然の推移を捉えている。

 「畑打つて飛鳥文化のあととかや」(高浜虚子)。最近、『日本の七十二候を楽しむ』(東邦出版)など旧暦に関する書籍が静かなブームとなっている。自然とともに生きる伝統的な生活が、日本人の郷愁を呼んでいるのだろう。