政治評論家の書いた本を読んでいると「劫初…
政治評論家の書いた本を読んでいると「劫初(こうしょ)より作り営む殿堂にわれも黄金(こがね)の釘一つ打つ」という短歌が引用されていた。作者は与謝野晶子。「劫初」は仏教用語で「この世の初め」の意味。
政治評論家の本に短歌が出てくるのは珍しい。著者が参謀として仕えていた大物政治家に決起を促すために引用したのがこの歌だ。政治家はその後首相になった。
「昔から続く和歌の殿堂に、私も黄金の釘を打ちましたよ」との歌だ。銅でも鉄でもない。黄金の釘を打ったというのだから自信満々だ。
だが、自信過剰とは思わない。実績からして大げさな印象はないからだ。それでも、業績をストレートに表現しているとの印象は残る。「控え目に自分を出す」といった日本風美学とは正反対だ。「浪漫主義の女王」と言われるのも当然だ。
歌壇・文壇とは距離を置いた。「文学一筋」とは違って婦人問題に関心を持つ一方、文化学院の創設にも関わるなど行動的な一面もあった。
1942年に64歳で亡くなったが、晩年『源氏物語』の現代語訳も手掛けた。昔読んだことがあるが、『源氏』と晶子の王朝趣味の取り合わせは自然だ。文庫本で1900㌻は、翻訳としても読み応えがある。「与謝野源氏」とか「晶子源氏」とか言われるが、さすが「黄金の釘」。名訳であることは間違いない。『源氏』を原文で通読する機会はなかったが、翻訳ではあれ読み通したことは財産には違いないと思っている。