春を感じるものは、さまざまある。水温や…


 春を感じるものは、さまざまある。水温や気温の変化、梅や桜の開花、そして蕗(ふき)の薹(とう)など。どれも冬を経て来たという喜びのようなものがあって忘れ難い。その中にアサリなどの貝類も入れたい。

 アサリは歳時記では春の季語。『今はじめる人のための俳句歳時記』(角川文庫)によれば「潮干狩りとの関係で春の季語になっている」。気流子が潮干狩りをしたのは、ずいぶん昔のことだった。両親に連れられて、都市からバスに揺られて港に行った。

 当時は新鮮な魚介類は珍しく、山盛りのアサリのみそ汁に絶句した。幼い子供にとっては、貝といえばシジミぐらいだったので、なかなか手が出なかった。

 磯の香りが強かったのも敬遠した理由かもしれない。それが時がたつにつれて好きな食材に変わったのは、よく考えれば不思議である。ネギや大根、ニラなども幼時は苦手だったが、成長とともに苦にならなくなった。

 食の好みは年齢とともに変わっていくが、性格はあまり変わらない。人に会って話をするのが苦手なのは相変わらず。アサリで思い出すのは、みそ汁のほかには東京駅でよく買い求めた駅弁の「深川めし」。アサリのうまみが染み込んだ味が懐かしい。

 そう思ったのは、食卓に久しぶりにアサリのみそ汁が出たから。つい、妻に「これは旬のもの? それとも冷凍?」と聞いた。幼時に訪ねたのは福島の港で、原発にも少し近い。その海に活気が戻りつつあるのを聞くと嬉(うれ)しい。