大みそかから元日にかけての終夜運転を、JR…


 大みそかから元日にかけての終夜運転を、JR東日本をはじめ取りやめにするところが多い。新型コロナウイルスの感染拡大を懸念する政府の要請もあって仕方がないが、少しばかり寂しい気分になった。

 というのは、普段電車が走っていない時間帯に乗ると、同じ車両の乗客たちとの連帯感を覚えるからだ。家に帰る人、初詣に出かける人、旅行に行く人、家族連れなど、人生の一コマを見るような気分になる。

 高浜虚子の名句に「去年今年(こぞことし)貫く棒の如きもの」がある。まさに、一年の終わりと始まりが共存しているという不思議な感じ。それを巧みに表現していて印象深いものがある。物理的に言えば時間の経過にすぎないが、それを感慨深くするのも伝統文化がもたらす心理的な効果だろう。

 そういえば、コロナ禍で初詣も自粛ムードである。その初詣が、実は「明治時代、鉄道会社の戦略によって生まれた!」という『日本人が大切にしてきた伝統のウソ』(KAWADE夢文庫)を読んだ。

 江戸時代は、歳神様を家に迎える日なので正月は自宅にこもって外出しないのが習わしだったという。明治時代になって、鉄道の発達に伴い寺社に参詣する人々が増え、それが初詣につながったというもの。「初詣」と名づけたのは新聞だったとある。

 本のタイトルにある「ウソ」というのは言い過ぎな気もする。コロナ禍によって来年も自粛ムードが続くのは予想されるが、早い終息を願う。