このほど亡くなった評論家で劇作家の山崎…


 このほど亡くなった評論家で劇作家の山崎正和氏は、保守の論客として幅広い分野で活躍した人物だ。江藤淳のように白黒をはっきりさせるタイプではなく、現実的な保守派として一貫した。その山崎氏が、3年前に刊行されたインタビュー『舞台をまわす、舞台がまわる』(中央公論新社)の中で、小林秀雄にまつわるエピソードを語っている。

 あまり話したくない記憶と断った上で「小林さんが大江健三郎さんを私信では激賞しておきながら、公的な評価の場では他の作家をおもんばかって、あえて彼を侮辱して見せるという場面に遭遇した」と述べている。

 小林は「批評の神様」と呼ばれた人物だ。その小林が、作家の評価に「公」と「私」の区別をつけた(神様にも裏表がある)というのだから、穏やかな話ではない。

 そもそも大江氏に対する小林の「私信」の内容を山崎氏がどうやって知ったのかというのが疑問だが、文壇の一部では知られた話だったのかもしれない。

 いいかげんな人間ではない山崎氏があえて本の中で公表する以上、一定の根拠もあったのだろう。「小林といえども、普通の文壇人だった」というメッセージとも取れる。

 そう言えば山崎氏は、小林とは全く接点がなかった。小林の引力の中心にあった江藤とは対照的だ。山崎氏と江藤の対立も有名で、この本の中でも厳しい江藤批判が繰り返されている。保守知識人の間にもさまざまな対立・相克があるのが面白い。