「男体山に真向かいて歩きせつに思う老いて…
「男体山に真向かいて歩きせつに思う老いて輝く人になりたしと」。国文学者で作家、エッセイストの中里富美雄さんは、今年の5月で満100歳を迎えた。その記念としてまとめた歌集が『百壽讃歌』(渓声出版)だ。
引用した歌は、別荘のある日光での作品だが、老境を迎えてなお理想を求めて歩もうとする気概を詠んでいる。自分をよく見詰め、楽しく、衰えず、悔いのない人生を送ろうとする姿勢が貫かれている。
長寿社会を迎えて100歳を超える人も少なくないが、充実した人生を送ってきた人が多い。中里さんが生まれたのは埼玉県加須市で俳句が盛んな土地。そんな環境から東大で国文学を専攻した。
古典研究の著書が多いが、小説も書いた。戦後、戦友との出会いがきっかけで、「君は国文科の出身じゃないか。死んだ連中のことを書いてやれよ」との助言で、その価値があると思い「梵鐘」を書く。
第74回読売短編小説賞を受賞した作品だ。米国人のサイデンステッカーさんが川端康成の「雪国」を英訳したのは中里さんの助言による。東大国文科で一緒で、短編を重ねる源氏物語の手法を使った現代作家はいるか、と尋ねられた。中里さんはカワバタヤスナリを挙げた。
また「著書五十門弟五百たまさかに旅の歌詠み老いに至れり」と歌う。著書も多いが、出会った人、教えた人も多い。晩年まで自分史の教室を持って生徒らを育ててきた。歌集には多くの教訓がある。