池波正太郎の時代小説には、季節の自然を…


 池波正太郎の時代小説には、季節の自然をさりげなく描写する場面があり、それでいてピタリとはまっている。初夏の午後をつづった一節が『編笠十兵衛』(下・新潮文庫)にある。

 「杉、松、椎(しい)、樟(くすのき)などの常盤木(ときわぎ)は、新葉の生いはじめるとともに、古い葉を落す。/その、松と杉の落ち葉が散りしいた土の上へ、筵(むしろ)をのべ、月森十兵衛の妻女・静江が昼餉(ひるげ)の仕度にかかっている」。

 桜や花水木、ツツジの花が終わる頃から、鮮やかな緑の輝きが身辺に広がる。秋の紅(黄)葉の主役であるモミジやイチョウも、新緑葉でも遜色のない美しさにほれ直すほど。深緑となるヤツデやアオキも、今は柔らかな青葉若葉。

 目を道端に落とすと、枯れ葉が吹きだまっている。楠(くす)や椎、樫などは、5月の風にその葉を落とす。針葉樹の松や杉も落葉する。初夏は晩秋とともに落ち葉の季節である。

 古い葉が若葉にポストを空けてフェードアウトしていく。そのさまを「常盤木落ち葉」という。何かとトラブルが絡む人間社会と違って、自然界の新旧交代は定規で測ったようにスムーズに進む。

 とはいえ、落ち葉を片付ける人には、厄介だと嫌われている。初夏は緑葉の半生状態で落ちてくるので、重くてかさばり、処理に手間がかかるという。あす20日は「草木が茂って天地に満ち始める」という二十四節気の小満。なおしばらくは庭や公園、林など身近にある真緑のオーラを満喫し、閉塞する心身を癒やす営みが続こう。