桜の花を詠んだ和歌は少なくない。有名なのは…
桜の花を詠んだ和歌は少なくない。有名なのは『古今和歌集』にある在原業平の「世の中に絶えて桜のなかりせば春の心はのどけからまし」。桜があることで春が落ち着かないので、桜がなければ、どれほど春は静かでいいだろうという意味の歌だ。
「それほど心を騒がせる桜は素晴らしい」と逆説的に桜をたたえる歌である。しかし、新型コロナウイルスの感染拡大で花見もままならない現状には、同じく古今和歌集の「久方の光のどけき春の日にしづ心なく花の散るらむ」という紀友則の歌の方がしっくりくる。
花見気分になれないので「しづ心なく花の散るらむ(桜の花はどうしてあわただしく散っていくのか)」という感慨になる。ここしばらく、読書や音楽鑑賞、テレビ視聴などインドアの生活が続いている。
運動不足にならないように、時々散歩をしたりしているが、どうしてもストレスが溜(た)まりやすい。読書では、新刊よりも、かつて愛読していた本を本棚から取り出して読んでいる。
小説などの長いものよりも、詩歌のようなものが心に染みる。特に、三好達治の処女詩集『測量船』の「甃(いし)のうへ」が自然に浮かんでくる。「あはれ花びらながれ/をみなごに花びらながれ/をみなごしめやかに語らひあゆみ」という冒頭は今でもよく口ずさむことがある。
自然の情景が浮かんでくる詩人の言葉の魔術には驚かされるばかりだ。1964年のきょうは、その達治が亡くなった日である。