9年目の3月11日を迎えた。今年は新型コロナ…


 9年目の3月11日を迎えた。今年は新型コロナウイルスの感染拡大で日本が一種の非常事態にあり、9年前の緊張した社会の空気を思い出させるものがある。とはいえ、あの日の衝撃はやはり未曽有の体験だった。

 震災の記憶を風化させてはいけないという。もちろんそうだが、しかし肉親や愛する人を失った人たちにとっては、つらい思い出を蘇(よみがえ)らせることにもなる。津波が家々を押し流す映像も本当は見たくないだろう。

 計り知れない喪失感を味わった人たちが、その後どう生きてきたのか、その涙に思いを寄せる日でもある。肉親を失い家も家財道具も流された人たちが、がれきの中から大切な写真を見つけ慰められる姿が忘れられない。

 こうした人たちに、改めて強制収容所体験を持つユダヤ人の精神科医フランクルの言葉を贈りたい。「わたしたちが過去の充実した生活のなか、豊かな経験のなかで実現し、心の宝物としていることは、なにもだれも奪えないのだ」。無慈悲な津波も、愛する人々と共有した思い出まで奪うことはできない。

 楽しかった時の記憶を大切に生きることで、その後に起きたことの方が昔のように感じられることがある。震災当時の記憶が遠くなった分、震災以前の思い出の方が近くなることもあるに違いない。

 事実、人々との交わり、かつての町の姿の記憶が復興の原動力となってきた。東北の復興はまだ道半ば。これからも温かく力強い支援を続けていきたい。