紙の書籍と電子書籍 歯止めかからぬ紙媒体の低落
《 記 者 の 視 点 》
かつて、文芸評論家の中村光夫が、「年は取りたくないものです」という言葉を述べている。
これは、1951年のフランスの作家、アルベール・カミュの小説『異邦人』が翻訳されたとき、その主人公の冷酷さ(不条理さ)を批判した作家の広津和郎に対して、小説の可能性と実験的な人間観に対して、その新しさを理解できないことを揶揄(やゆ)した言葉だ。
もちろん、この「異邦人論争」は、文学論争というよりも、倫理道徳と芸術主義の対立といったものだが、世代間における感性や考え方を浮き彫りにしている論争と言ってもいいだろう。
改めて、筆者も高齢者と呼ばれる年齢になって、この「年は取りたくないものです」という言葉をかみしめることがある。
出版界における紙の本(単行本、文庫本、雑誌、漫画など)の長期低落傾向と電子書籍の台頭によって、読書の質や傾向が大きく変化し、活字離れに拍車が掛かっている現状は残念な思いが強い。
今さらではないが、紙の書籍によって育った世代としては、スマホ・タブレットで本を読むということにはいまだやや抵抗感がある。
公益財団法人全国出版協会・出版科学研究所によれば、2018年の紙の出版物の推定販売金額は前年比5・7%減の1兆2921億円で14年連続のマイナス。
その内訳では、書籍でマイナスになったのは、文芸書、実用書、文庫、新書など。それに比べて、児童書やビジネス書は前年並みで、雑誌は月刊誌・週刊誌ともに1997年をピークに以降20年連続のマイナスを記録しているという。
出版科学研究所では、週刊誌の低落は、「インターネットやスマホの普及で情報を得るスピードが格段に速くなり、速報性を重視した週刊誌は厳しい」と分析している。
その意味では、このところ、週刊誌の芸能人のスキャンダルを狙ったスクープ合戦は、こうした状況を反映したものかもしれない。
硬派の読み物よりもより大衆受けするスキャンダル路線に走った方が売れ行きが上がるということもあるだろう。
かつて出版界で右肩上がりだったコミックの分野も、低落傾向は歯止めがかからず、この点も、ただ紙の本の低落だけではなく、読者を獲得していた長期的な連載の人気漫画の完結なども、この傾向を助長していると言っていい。
この状況は、文庫本の売り上げも同じで、人気作家(東野圭吾、湊かなえ、佐伯泰英など)に集中し、それ以外は振るわないという。
それに対して、電子書籍の出版市場は、2018年は前年比11・9%増の2479億円に達した。
いずれにしても、こうした紙媒体の低落と電子書籍の増加の傾向は今後も続くとみられ、やがて、両者の住み分けになっていくだろうことは予測できる。
「年は取りたくないものです」というセリフが身に染みるこの頃である。
(敬称略)
文化部 羽田 幸男