薩摩焼の陶芸家で日本初の韓国名誉総領事を…


 薩摩焼の陶芸家で日本初の韓国名誉総領事を務めた14代沈寿官さんが亡くなった。鹿児島県日置市東市来(ひがしいちき)町美山(みやま)に窯があり、司馬遼太郎の小説「故郷忘じがたく候」の主人公として描かれた。

 この作品は沈さんの先祖が、豊臣秀吉の朝鮮侵攻で南原から連れてこられ、薩摩藩の保護の下で薩摩焼を作り続けた歴史と、沈さんの特異な生い立ちを綴(つづ)っている。主題は先祖代々の故郷への特別な思いだ。

 美山には朝鮮の檀君を祀(まつ)った玉山宮の丘があり、作者は沈さんの案内でその場所を訪ねて行く。村人が毎年旧暦8月15日、祀りを行ってきたといい、その祭祀(さいし)に作者は興味を寄せる。小説では薩摩焼の記述はわずか。

 そこで、東京で個展が開かれた際に見に行ったことがある。肌質は暖かく柔らかい白だった。超絶技巧は繊細を極め、描かれた草花は華やかで端正。しかも気品があり、日本の風土を表していた。

 小説の発表は昭和43年だが、その2年前に沈さんはソウル大学で講演した。現地で36年間の日本の圧政について聞いたので意見を言う。「言うことはよくても言いすぎとなると、そのときの心情はすでに後ろ向きである」と。

 そして「あなたがたが三十六年をいうなら、私は三百七十年をいわねばならない」とも。美山には歴史的な人物がもう一人いる。戦時中外相を務め、東京裁判でA級戦犯とされた東郷茂徳だ。先祖は朴氏で陶工。沈さんと同じく2国間の歴史を背負っていた。